高所得で社会的なステータスも高いパイロット(航空機操縦士)になりたいと考える子どもは少なくないが、特に大手航空会社のパイロットという職業は極めて狭き門で、もし高校3年生が本格的に努力を始めても実際にパイロットとして乗務できるのは約10年後になるとの声もあるようだ。パイロットになるには、どのような方法・ルートがあり、“近道”はあるのか。また、どれほど狭き門なのか。専門家の見解を交えて追ってみたい。
多くの国家認定資格を取得する必要があるパイロットの所得は高い。国内航空会社・日本航空(JAL)の「2024年3月期 有価証券報告書」によると、JALグループ会社のパイロットの平均年間給与は1959万円。JAL以外で職種別の平均年間給与を公表している航空会社をみてみると、スカイマークは1547万円、スターフライヤーは1417万円となっている。
日本に民間航空機を操縦するパイロットはどれくらいいるのか。正確な数字は不明だが、国土交通省によると主要航空会社の機長と副操縦士は計約7000人(2023年1月1日現在)いるとされ(24年3月28日付「読売新聞」記事より)、難関国家資格の一つである「医師」の約34万人(22年12月31日現在/厚生労働省調べ)と比べて桁2つ分も少ない。
航空会社のパイロットになるルート
そんなパイロットは今も昔も「子どもの憧れの職業」の一つだが、どうすればなれるのか。まず、民間航空機を操縦するには国家資格を取得する必要がある。航空経営研究所主席研究員で元桜美林大学客員教授の橋本安男氏はいう。
「事業用の資格は主に以下の3つです。
・事業用操縦士:航空会社の副操縦士となるために最低限必要な国家資格
・定期運送用操縦士:航空会社で、操縦に2人を要する航空機の機長となるために最低限必要な国家資格
・准定期運送用操縦士:大手航空会社が養成するジェット旅客機の副操縦士に特化した国家資格
また実地試験を受験する前に学科試験に合格する必要があり、加えて計器飛行証明、無線従事者資格などが必要なほか、年に1度は航空身体検査を受け合格している必要があります。これらの資格を取得すればどの航空機種でも操縦できるわけではなく、型式ごとの限定を取得する必要もあります。もちろん英語力も必要であり、少なくともTOEIC650点以上、ANAの場合はTOEIC700点以上のようです」
上記の資格を取得して航空会社のパイロットになるルートについて、橋本氏の説明を踏まえて整理すると以下のようになる。
・航空会社による自社養成
給料を得ながら業務として訓練に励み、訓練・資格取得費用は会社が負担。大手航空会社のパイロット採用倍率は100倍程度といわれる。
・航空大学校
授業料は2年間で約500万円。入試倍率は約10倍程度といわれる。
受験条件は大学在籍2年間以上、高専卒、短大卒。
卒業後は高い確率で航空会社に就職できる。
・私立大学のパイロット養成コース
桜美林大学、東海大学、法政大学、崇城大学など。
授業料は4年間で2500~3000万円ほど。入試倍率は2~3倍程度。
卒業後は高い確率で航空会社に就職できる。
・一般航空事業会社(朝日航空、本田航空など)のパイロット養成コース
費用は約2.5年間で2000~2500万円ほど。
・海外航空留学(フライング・スクール留学)
斡旋業者経由の場合は11~15カ月で2000万円程度。
個人手配の場合は1300~2000万円(推計値)。
・自衛隊
自衛隊のパイロットとして勤務後、40代くらいで民間航空に転職。
「経済的負担が低い大手航空会社や航空大学校は、その分、入試倍率が高く、極めて狭き門といえます。最近では私立大学での操縦士養成コースが、競争率があまり高くない現実的なパイロットへの道として広く認知されつつあります。問題は高いコストですが、さまざまな奨学金制度や銀行ローンが用意されており、卒業すれば高い確率で航空会社に就職できるので、返済も無理なく行えます。
あまり知られていないのが、一般航空事業会社(測量、航空写真、遊覧など)のパイロット養成コースです。朝日航空、本田航空などのコースでは2年半程度で必要なライセンスを取得することが可能で、毎年、修了者が航空会社に就職しています」(橋本氏)
JALのパイロット自社養成
例としてJALの公式サイト上で自社養成パイロットの募集要項をみてみると、25年度入社募集は新卒採用・キャリア採用合計で50名程度。選考プロセスは「基本情報登録WEBエントリー」「心理適性検査」「1次面接」「2次面接」「英会話試験」「飛行適性検査」「航空身体検査」「最終面接」。このほか、身体条件として各眼の矯正視力(眼鏡・コンタクトレンズ着用可)が1.0以上であること、各眼の屈折度が-6.0~+2.0ジオプトリー内であること(オルソケラトロジーを6ケ月以内に受けていないこと)、心身ともに健康で航空機の乗務に支障がないことなども課されている。
JAL自社養成の場合、入社後はまず1年半程度、空港や営業などの事業所で地上業務に就き、その後に2年半程度、国内および米国アリゾナ州フェニックス、グアムなどで運航乗務員に必要な座学と訓練を受ける。よって副操縦士として乗務を開始するのは入社から4~5年目となる。仮に高校3年生が本気で民間航空機のパイロットになろうと決意した場合、実際にパイロットとして乗務できるのは10年後くらいになるという見方は、概ね現実的だということになる。
海外航空留学ルート
国内の私立大学や一般航空事業会社と比べて割安にみえる海外航空留学ルートはどうなのか。
「海外航空留学を使うメリットは、日本と比べて安い訓練費、場所にもよりますが天候が良く訓練効率が良いこと、航空用語である英語に日々接しながら訓練できる点、日本と比べてパイロットになるための資格試験の難易度が比較的低い点です。一方、デメリットは、英語力が低いとハンディキャップとなること、渡航費用がかかること。現在のように円安になると滞在費が膨れること、海外で自分を律することが難しくなって挫折に陥りかねないことです。
そして、もっとも注意すべきなのが、海外で資格を取得しても、日本の航空会社に就職するためには日本のJCAB(国交省航空局)のライセンスに書き換えねばならず、その費用が1000万円以上かかるともいわれるほど高額な点です。すなわち、ライセンス書き換えのためには学科試験と実地試験(一部免除)に合格する必要があり、日本の実地試験は海外に比べて難易度が高いといわれており、事前飛行訓練や座学に多額の費用がかかります。よって、日本の航空会社への就職を想定すると、日本の私立大学や一般航空事業会社を使うルートに比べて総費用が思ったほど安くならず、下手をすると却って高くなってしまう可能性すらあります。
ただし、たとえばライセンス取得にかかる費用が低い海外の国でライセンスを取得し、フライトスクールで操縦教官として飛行実績を積んだ後に、そのままその国の航空会社に就職するのであれば、日本よりはるかに低い費用でエアライン・パイロットになれます。実際、アメリカやカナダの地域航空会社で副操縦士/機長として活躍している人達がいます。そして、海外の航空会社でパイロットとしてある程度の経験を積んだ後に、クルーリース会社経由で日本の航空会社に転職というかたちで採用される可能性もあり、その際の日本のライセンスへの書き換え費用は基本的に転職先の航空会社が負担してくれます」
いずれにしても、国内航空会社のパイロットになるには「近道」はないといえる。
(文=Business Journal編集部、協力=橋本安男/航空経営研究所主席研究員、元桜美林大学客員教授)