米航空機メーカーのボーイングが経営危機に陥っている。7-9月期は9400億円の赤字で、コロナ禍以降の航空機需要の低迷や同社の経営問題などの影響で開発が遅れたことが響き、9四半期連続の赤字となった。さらに、従業員は経営陣に対する不信感を強め、ストライキを起こし、労使の折衝もなかなか折り合わない。世界最大の航空宇宙機器開発製造会社が、なぜこれほどまで厳しい経営環境に直面しているのか。元JAL社員で航空経営研究所主席研究員の橋本安男氏に分析してもらった。
ボーイング社といえば、約17万人の社員を擁する米国を代表する優良企業であり、欧州のエアバス社が現れ徐々に力をつける前には、B747をはじめとして、世界の民間航空のジェット旅客機製造の大半を牛耳ってきた。
そのボーイング社の経営が、今や危機的状況にある。B737MAX8型機の設計不良による事故を契機に、企業としての問題が発覚し、その後、品質管理不良問題も重なった結果、FAA(米国連邦航空局)からの厳しい監視を受ける憂き目に遭う。そして、新機材の開発と型式証明取得が3年以上滞り、かつ航空機の製造自体も数の制限を受けたことから、企業収益の柱である旅客機引渡しが大幅に減り、今年7-9月の四半期決算は61億7400万ドル(約9400億円)の大幅な赤字となった。コロナ禍で航空需要が激減した2020年10-12月期以来9四半期連続の赤字であり、これまでで最大の赤字幅となっている。
そのボーイング社に追い打ちをかけるように、賃上げなどを巡り労使交渉がこじれ9月13日から3万3000人が加入する労働組合が16年ぶりにストライキに突入した。経営側も相当に譲歩し、数回賃上げ提案を行ったものの、怒れる組合員たちは9月24日にこれにも“No”を突きつける投票を行い、解決の目処はたっていない。ただでさえ落ち込んでいるB737MAX型機の製造が、さらに滞る事態となっている。
ボーイング社危機の発端となったB737MAX8型機事故
<2018年10月29日:ライオン・エア610便事故(就航17カ月後)>
インドネシアのジャワ海でLCCライオン・エア610便が離陸後約10分で墜落、乗客乗員189名全員が死亡
<2019年3月10日:エチオピア航空302便事故(就航4カ月後)>
エチオピアのアディスアベバ、ボレ国際空港より離陸したエチオピア航空302便が離陸後約6分で墜落 乗客乗員157名全員が死亡
事故調査の結果、これらの事故の原因は、迎え角センサーの故障とMCAS(操縦特性補正システム)の誤作動が原因と判明。B737MAX型機は、燃費改善と推力増強のために新型エンジンを取り付けたが、胴体そのものは基本的に1968年設計の古い機体。この結果、エンジン加速時に機首上げが起きやすい特性が生まれてしまった。ボーイング社はこれを解決するために、大きな機首上げを検知すると、自動的に水平尾翼の水平安定板の一部を動かして、頭を下げるMCAS(操縦特性補正システム)というシステムを追加。2018年19年の2件の事故では、迎え角センサーが故障し、実際にはない誤った機首上げ情報が生まれ、MCASが不要な機首下げ動作を行ったため、墜落に至った。このため、737MAX型機は、約2年間運航停止となった。
重要なのは、ボーイング社が開発中に、このような故障の可能性を発見していたにもかかわらず、問題を矮小化し、FAA(米国連邦航空局)や航空会社に隠蔽していたこと。MCASの存在自体は、マニュアルに記載してあるものの、故障に伴う危険性は知らせていない。これを開示すると、パイロットに対する訓練の必要を生じて、エアバス社との競合で営業上不利となるからだ。つまり、旅客機の安全性より、販売というビジネスを優先したといえる。仮に、パイロットがMCASの機能と特性を予め知らされていれば、比較的容易に事故を回避することが可能だった。
政府を欺いた罪を認め、司法省と司法取引に合意
B737MAX墜落事故後、2021年にボーイング社は、航空機開発と製造で改善と対策を講じることを条件に、政府/FAAを欺いた罪での刑事訴追を免れることで司法省と合意した。ところが、今年1月にアラスカ航空のB737MAX9型機の飛行中にプラグ・ドアが吹き飛び、穴が開き、人命が失われる寸前の事故に陥った。原因は、製造時にプラグ・ドアを留めるボルトを付け忘れるという品質管理上の問題だった。事ここに至って司法省は、改善と対策を講じる約束を反故にしたという理由で、一旦留保した刑事訴追を復活させた。
裁判の被告となったボーイング社は7月、再発防止策を履行しなかった「詐欺罪」を認め、司法省と司法取引に合意し、2億4360万ドル(約390億円)を支払うことで裁判を回避。米国の大企業が有罪を認めるのは極めて異例だ。ただでさえ悪化している経営の中で、罪を認めてでも長期の裁判を避けたものと考えられる。B737MAX墜落事故の遺族たちは、この司法取引を認めた政府に強い抗議を行っている。
企業文化/企業風土の改悪がボーイング社危機の根源
もともとボーイング社は、家族主義的な気風に富んだ技術者集団であり、米国を代表するエンジニアリング企業と呼ばれていた。ところが、1990年代前半から、その性格を変え始め、技術よりも利益と株価に優先度が傾斜。その傾向を決定的にしたのが1997年、経営不振になっていたマクドネル・ダグラス社との合併だ。
マクドネル・ダグラス社のCEOだったハリー・ストーンサイファー氏は、合併後のボーイング社の社長に就任し、企業風土を利益至上主義に転じる構造改革でらつ腕を発揮。実は、ストーンサイファー氏は、「経営の神様」として一時期あがめられたジェネラル・エレクトリックCEOであったジャック・ウェルチ氏の下で薫陶を受けた愛弟子。ウェルチ氏の基本的な経営手法は「リストラ」「ダウンサイジング」「アウトソーシング」という大規模な整理解雇による資本力の建て直しと、企業の合併・買収(M&A)だった。
ストーンサイファー社長の経営によって、技術者集団による家族的風土は破壊され、技術者も単なる一労働者として見なされ軽んじられるようになる。このため2000年2月には、1万7000人の技術者がストライキに訴えた。現場労働者ではないホワイトカラーによるストライキは、米国でも非常にまれなことだった。
ストーンサイファー氏の退任以降もボーイング社は、利益・株価至上主義の経営に邁進。経営陣は現場の技術者や労働者のことより、政府へのロビー活動や民主・共和両党への政治献金を優先し、政府の規制当局FAAをも支配。FAAの審査官が、設計や製造上の問題を指摘しようものなら、時には政治力を使ってその審査官を排除した。
このように、経営者が現場の技術者や労働者、またFAAを軽視したことが、設計不良隠蔽によるB737MAX墜落事故およびその後の品質管理問題を招いたといえる。現在のボーイング社の経営危機は、企業風土を改悪した誤った経営による、いわば自業自得の代物だ。
新たなCEOの下で復活か、破産法の適用か
B737MAX墜落事故当時のミュイレンバーグCEOは、事故が起こって間もなく、ドナルド・トランプ大統領(当時)に電話し、「B737MAXが安全であること」を直訴している。その後、事故原因が明らかになって同CEOは引責辞任したが、その際、退職金などとして最大6000万ドル(約90億円)を受け取った。その後、CEOを引き継いだデビッド・カルフーン氏も1月のアラスカ航空の事故を受けて8月に退任し、同様に4500万ドル(約71億円)の退職金を受けている。
このように、ボーイング社の経営を誤った方向に導いた経営者たちが、多額の退職金を得て、一方現場の労働者が軽んじられていることが、労働者の怒りを買い、今回のストライキを長引かせる原因ともなっている。
ボーイング社は、8月8日付でケリー・オルトバーグ氏を新しい社長兼CEOに任命した。オルトバーグ氏は、有力な航空企業であるロックウェル・コリンズ社でCEOを務めた経験があり、航空宇宙産業協会(AIA)の元理事長でもある。
オルトバーグCEOは、四半期赤字9140億円を計上し、労組がストを継続する苦しい経営環境の中、経営再建に向けて「根本的な企業文化の変革」を表明している。一方で、ボーイング社は、全世界の従業員の約10%に当たる1万7000人を削減すると発表し、また、財務強化のため約150億ドル(約2兆2842億円)を調達する計画を示している。
今後、ボーイング社の経営危機が、さらに長期化する場合には、連邦破産法第11条(チャプター11)の適用も視野に入ってくる。チャプター11は、日本でいうところの破産(会社清算)のイメージとは異なり、CEOら経営陣はそのまま残り、債権者らステークホルダーと共に、連邦管財人の管理の下で会社再建を行う、民事再生法に近い制度。事実、過去に、デルタ航空、アメリカン航空など多くの大企業がチャプター11を使い、見事に甦っている。
しかしながら、ボーイング社には伝統的に、政府の介入を極端に嫌う性向があり、コロナ禍の2020年に連邦政府から補助金提示を受けながら、政府の経営干渉を避けるために、あえて断り地力での財源確保を行った経緯もあるため、ぎりぎりになるまで、チャプター11の適用を見送る公算が大きい。
世界の民間航空を維持、発展させるためには、エアバス社に並んで、ボーイング社が健全な形で存続し、旅客機を生産し航空会社に供給することが不可欠。企業文化の改革も含めて、オルトバーグCEOの手腕に期待をするしかない。
(文=橋本安男/航空経営研究所主席研究員、元桜美林大学教授)