世界的建築家・隈研吾氏が設計した全国各地の公共建築物でカビや急速な老朽化が生じて、建て替えや取り壊しの必要が生じている。どの事案でも共通しているのは、隈氏が手掛けるデザインの象徴ともいえる木材に劣化が生じている点だが、現在建設中のIGアリーナ(愛知県名古屋市)のデザインをめぐって「なんのために木材がへばりついているのか」「表現素材も色彩もすべてが乖離してバラバラ」といった疑問が専門家からあがる事態となっている。
隈氏の設計した建築物の老朽化問題が顕在化し始めたのは、昨年9月のことだった。栃木・那珂川町馬頭広重美術館が開館から24年を迎え、老朽化のため大規模改修を行うことになったのだが、その改修費用が約3億円かかることが判明し、規模が大きくはない那珂川町にとっては大きな負担となっている。この美術館は、安藤広重の肉筆画や版画をはじめとする美術品を中心に展示し、町の中核的文化施設とすることなどを目的として2000年に開館。木材を多く使用し、周囲の自然に溶け込むデザインが好評を博し、県外からも多くの観光客が来訪するが、竣工から数年後の時点で木は黒ずみ、劣化が目立つようになり、現在では木材は痩せて隙間が広がり、ところどころで折れたり崩れ落ちたりしている。まるで防腐処理やニス塗装なども行っていない木材を雨ざらしにしたような傷み方で、専門家からは材木の使い方に疑問が相次いだ。
10月には、隈氏が設計した完成から9年が経過した京王線高尾山口駅(東京都八王子市)の駅舎もカビが目立つようになっていることが明るみに。さらに、高知県梼原町で隈氏がデザインした総合庁舎、町立図書館、まちの駅など、梼原産の杉を中心とした建築物で、表面が黒ずんだり、一部の木材にヒビが入るなど劣化が目立っていることがクローズアップされた。特に「雲の上のホテル」本館は老朽化のために2021年に、わずか27年で取り壊された。24年4月にリニューアルオープンを予定していたが、昨年計画が見直され27年7月のオープン見込みが発表された。このほか、群馬県富岡市役所で、外装に使われている木材が腐り始めているとの指摘もなされ、同市役所は2018年に完成しており、わずか6年で腐朽していることになる。
ちなみに富岡市役所について隈研吾建築都市設計事務所は当サイトの取材に対し、以下の回答を寄せていた。
「サッシマリオンに取り付けた木材は、特殊な樹脂含侵処理により防腐性能を持たせたものです。屋外用木材として 20 年以上の実績があり、短いスパンで改修が必要な材ではありません。当該部は木材の腐りではなく表面のカビが発生したものと思われ、市役所と対処について調整を行う予定でいます。軒裏については、直接雨がかりにならない部位であり、短いスパンで改修工事の必要がない計画としておりました。近年の想定外の豪雨や強風等で軒の先端で雨水が切れず、軒裏に回り込んだものと思われます」
IGアリーナの外観に疑問の声
そして今回新たに注目されているのが、名古屋市・名城公園で建設中のIGアリーナだ。愛知県体育館の代わりとなる建物で、スポーツや音楽コンサート・ライブを開催でき、最大収容人数は1万7000人。大相撲名古屋場所やバスケットボール・Bリーグ「名古屋ダイヤモンドドルフィンズ」のホームアリーナとして使用され、海外の音楽ライブ向けアリーナで導入されつつあるU字型客席や高い天井などが採用されている。
設計建設は前田建設工業で、BTコンセッション方式により、前田建設工業、NTTドコモ、東急など計7社が出資する株式会社愛知国際アリーナが県から運営権を取得し、同社が料金収入を得る。名称がIGアリーナとなっているのは、英オンライン金融サービス企業・IGグループがネーミングライツを取得したため。
隈研吾建築都市設計事務所が外観デザインと内装の一部を担当しているが、現在話題となっているのが、その外観だ。白い工業的な壁から一定間隔で棒状の木材が突き出るデザインとなっており、前述のとおり疑問の声が相次いでいるのだ。
デザインする自由度が狭められた可能性も
一級建築士で建築エコノミストの森山高至氏はいう。
「アリーナは外部に窓を持ちにくく、いわば暗箱のような建築物なので、単純にお椀を伏せたようなデザインになりがちですが、そこに対して触覚のようなトゲのようなものを生やすというデザインはキャッチーではあると思います。バフンウニやムラサキウニのような、もしくは王冠を被ったような形態になっています。
このIGアリーナは発注形態が変則的で、PFI事業者として名乗り出た企業が受注したものであり、その後に隈研吾事務所が参加しデザインしているため、隈氏がデザインする自由度が狭められたか、もしくは実務的にはほとんど設計が済んだ後に隈氏が木の装飾をしたという感じで『とってつけた』ようなデザインになってしまっているのが残念です。これだけの大型公共建築なら、最初に優れたデザインを中心に計画を決めて、その後に実施に移してほしかったです」
では、外観で使われている木は、何か目的・意図があると考えられるか。
「隈氏によるマーキングといった意図ではないでしょうか。愛知県が『世界の隈研吾に依頼』という免罪符を欲しがったのかもしれません。新国立競技場の屋根と同じように鉄骨の間に木の集成材をはめ込んだものか、もしくは木目をプリントした金属である可能性もあるため、一般の木材よりも耐久性はあると思います。もし露天対策をしない生の木材なら劣化は激しいでしょう。雨だれなどで汚れやすい、鳥の止まり木となり糞害が発生する、埃が溜まりやすい、掃除がしづらいといったデメリットが考えられます」
(文=Business Journal編集部、協力=森山高至/建築エコノミスト)