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マイクロソフトやグーグル、なぜ「岩石の風化でCO2削減」の新技術に注目?

2025.06.27 2025.06.26 17:24 企業
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●この記事のポイント
・地球温暖化の原因となる二酸化炭素(CO2)排出量を削減し、気候変動を抑制するために世界中で推進されているカーボンニュートラルの動き。
・そんななか、空気中のCO2を吸着する技術として「岩石風化促進」がにわかに脚光を浴びている。マイクロソフトやGoogleも、この技術を持つ企業と提携して炭素除去クレジットを購入するなど多額の資金提供を行っている。

 地球温暖化対策が世界の喫緊の課題となる中、大気中の二酸化炭素(CO2)を能動的に除去する「ネガティブエミッション技術」への期待が高まっている。その一つとして、岩石の自然な風化プロセスを人工的に加速させ、CO2を固定化する「岩石風化促進(Enhanced Rock Weathering: ERW)」技術が注目を集めている。この技術は、そのポテンシャルの高さから、カーボンニュートラル達成に向けて野心的な目標を掲げるGoogleやMicrosoftといったグローバル企業からも、CO2除去量の購入という形で具体的な投資対象として熱い視線が注がれている。

 この分野の研究を牽引し、国の大型プロジェクトも率いる早稲田大学 理工学術院教授の中垣隆雄氏に、岩石風化促進技術の基本的な仕組みから、他のCO2回収・除去技術との違い、そして社会実装に向けた課題と展望まで、詳しく話を伺った。

目次

岩石風化促進とは?―自然の力を借りたCO2除去のメカニズム

――まず、岩石風化促進技術の基本的な仕組みと、他のCO2回収・除去技術(CDR: Carbon Dioxide Removal)との違いについてご説明いただけますでしょうか。

中垣教授:私たちが取り組んでいるのは、CDR、別称ネガティブエミッション技術の一つです。CDRは大きく二つに分類できます。一つは、森林やブルーカーボン(海洋生態系によるCO2吸収)など、植物の光合成を利用して大気中のCO2を取り込み、貯留する方法です。これを何らかの方法で加速させようというアプローチです。

 もう一つは化学反応を利用する方法で、これには「自発的に反応が起こるもの」と「外部からエネルギーを加える必要があるもの」の2種類があります。後者の代表例が「DAC(Direct Air Capture:直接空気回収)」です。DACはCO2を選択的に回収できますが、吸収材からCO2を分離して再利用する際にエネルギーを必要とします。回収したCO2は地下貯留などによって隔離する必要があり、「DACCS(Direct Air Capture with Carbon Storage)」とも呼ばれます。

 一方、岩石風化促進は、化学反応を利用しつつも、自発的に反応が起こり、CO2を安定的に固定化する点が大きな特徴です。CO2は、例えば水素と結合させて合成メタンなどの燃料に戻すことも考えられますが、CO2自体が燃料の燃焼後の物質であるため、燃料に戻すには投入したエネルギー以上の便益を得ることは難しく、多大なエネルギーが必要です。化学的にはギブズエネルギーという指標があり、CO2のギブズエネルギーは-394kJ/mol程度ですが、燃料はよりプラスの値になります。マイナスからプラスへ移行させるには外部エネルギーが不可欠です。

 ギブズエネルギーとは、「ある化学反応が自然に進むかどうかを決めるエネルギーの指標」です。簡単に言うと、ギブズエネルギーの変化(ΔG)がマイナスなら、その反応は外からエネルギーを加えなくても勝手に進みます。逆に、ΔGがプラスなら、反応を進めるには追加のエネルギーが必要になります。例えば、水が氷に変わるのは気温が低いと自然に起こります(ΔGがマイナス)。しかし、水を100℃以上で蒸発させるには熱を加える必要があります(ΔGがプラス)。この指標を使えば、「この化学反応が自発的に進むか?」を予測できるので、電池や燃料の開発、環境技術など様々な分野で活用されています。

 しかし、岩石風化促進では、CO2を炭酸塩(マグネシウムやカルシウムの炭酸塩、またはそれらを含むケイ酸塩やアルミナ酸化物など)として固定化します。この反応で生成される炭酸塩のギブズエネルギーは-1000kJ/mol以上と、CO2よりもさらに低い値になります。ギブズエネルギーがよりマイナス(低い)方向へ進む反応は自発的に起こるため、外部からエネルギーを投入する必要がないのです。これが岩石風化促進の最大の利点であり、DACとの根本的な違いです。

DACと岩石風化促進とのコスト面、実用面での比較

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 DACはCO2を選択的に回収できる技術だが、吸収材の再生やCO2の分離・貯留に大量のエネルギーを必要とするため、コストが高くなりがち。一方、岩石風化促進は自然の化学反応を利用するため、エネルギー消費が少なく、比較的低コストで実施可能。

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 DACはすでに商用化されているものの、コストが高く、拡張には大規模な設備投資が必要。一方、岩石風化促進はまだ実証試験段階だが、広範囲に適用できる可能性があり、長期的なCO₂固定化が期待されている。

結論:
・DACは高精度なCO₂回収が可能だが、コストが高く、エネルギー消費が大きい。
・岩石風化促進は低コストで長期的なCO2固定化が可能だが、適用には土地や鉱物資源が必要。
・どちらもカーボンネガティブの実現に貢献するが、用途やコストに応じて使い分けが必要。

岩石を砕き、撒く―その効果と持続性、そして課題

――岩石を粉砕して農地などに散布するという方法が中心的かと思いますが、そのCO2固定化効果はどのくらいの期間持続するのでしょうか。また、粉砕や散布に伴うエネルギー消費やCO2排出についてはどのように評価されていますか?

中垣教授:例えば1トンの岩石があったとします。この岩石が持つCO2固定化ポテンシャルは、岩石の種類によって異なり、数百年から数千年、数万年かけて自重の半分程度のCO2を固定化できるものもあります。これが究極的に蓄えられる量です。しかし、それでは2050年のカーボンニュートラル目標には間に合わないため、反応を早める必要があります。そのために、岩石を細かく粉砕して表面積を拡大することで反応を早めるのです。

 現在、私たちが日本で進めようとしているのは、砕石事業者から出る「ダスト」と呼ばれる削りカス(産業廃棄物)を利用する方法です。このダストをさらに細かく粉砕する際にはエネルギーが必要となり、CO2も排出されます。また、ダストを発生場所から農地などの散布場所へトラックで運搬する際にもCO2が排出されます。そのため、北海道の岩石を沖縄で使うといったことはせず、地産地消を基本とし、輸送に伴うCO2排出を最小限に抑えることを考えています。

 最終的なCO2固定化量は、これらのプロセスで排出したCO2量を差し引いて評価します(ライフサイクルアセスメント:LCA)。例えば、三菱重工業と早稲田大学が共同で進めているプロジェクトでは、特定の岩石(かんらん岩や蛇紋岩など)を用い、1年間でCO2を固定化する研究を行っています。時間をかければさらに多くのCO2を固定化できますが、実用化のためにはより短期間での効果が求められます。

――コストについてはどのようにお考えでしょうか?

中垣教授:現在、世界で最も安価にCO2を回収できると言われているのは、大規模な森林再生で、1トンあたり10ドル程度です。岩石風化促進も、将来的にはこれに近いコスト、あるいはそれ以下を目指せる可能性があります。特に、砕石ダストのような未利用資源を活用することで、原料コストを大幅に抑えられる可能性があります。

 重要なのは、CO2固定化量だけでなく、その「永続性(Durability)」です。樹木は何十年、何百年で枯れてCO2を再放出する可能性がありますが、岩石風化によって固定化された炭酸塩は、地質学的な時間スケールで安定的にCO2を貯留します。この永続性の価値をどのように評価するかが、今後の課題の一つです。

 また、農地に岩石粉末を散布することで、土壌改良効果や作物の収量増加といった副次的な便益(co-benefit)も期待できます。これらを経済価値として評価できれば、実質的なCO2固定化コストをさらに下げることができるでしょう。

なぜマイクロソフトやGoogleは岩石風化促進に注目するのか?

 MicrosoftやGoogleのような巨大テック企業は、自社の事業活動に伴うCO2排出量を実質ゼロにするだけでなく、過去の排出量も含めて大気中から除去するという野心的な目標(カーボンネガティブ)を掲げている。その達成のためには、大量かつ永続的なCO2除去を可能にする技術が不可欠だ。

 岩石風化促進技術は、以下の点で彼らのニーズに応える可能性を秘めている。

1.高い永続性(Durability): 岩石によって固定化されたCO2は、数百年から数千年という地質学的スケールで安定的に貯留されるため、森林再生など他の自然ベースの解決策と比較して再放出のリスクが低いと評価されている。

2.スケーラビリティの可能性: 原料となるケイ酸塩岩などは地球上に豊富に存在し、農地や鉱山跡地などを活用することで、理論上はギガトン規模のCO2除去ポテンシャルがあるとされている。

3.コスト効率への期待: 特に未利用の岩石資源(砕石ダストなど)を活用したり、土壌改良といった共同便益を考慮したりすることで、将来的に他のCDR技術と比較してコスト競争力を持つ可能性がある。

4.共同便益(Co-benefits): 農地への適用による土壌のpH調整、必須ミネラルの供給による作物収量の向上、海洋アルカリ化による海洋酸性化の緩和といった、CO2除去以外の環境・社会への貢献も期待されている。

 これらの理由から、MicrosoftはFrontier Fundなどを通じて岩石風化促進技術を持つスタートアップからCO2除去量を購入しており、Googleも同様の動きを見せている。彼らの投資は、技術開発を加速させるとともに、カーボンクレジット市場における岩石風化促進技術の信頼性を高める効果も期待される。

社会実装への道筋―NEDOプロジェクトと産学連携

――日本国内での具体的な社会実装のイメージや、現在進められている研究プロジェクトについて教えてください。NEDOの「ムーンショット型研究開発事業」でも、先生がプロジェクトマネージャーを務める「岩石風化ポテンシャルを最大限に引き出すCO2固定システムの開発」が採択されていますね。

中垣教授:はい、NEDOのムーンショット目標4「2050年までに、地球環境再生に向けた持続可能な資源循環を実現」の一環として、私たちのプロジェクト「岩石風化ポテンシャルを最大限に引き出すCO2固定システムの開発」が2023年度から本格的に始動しました。このプロジェクトでは、2050年にCO2純排出量1ギガトン/年の削減ポテンシャルを持つ岩石風化促進技術の確立を目指しています。

 具体的には、以下の3つの主要な研究開発テーマに取り組んでいます。

1.岩石風化促進メカニズムの解明と最適化: 様々な種類の岩石(特に国内で豊富に存在する玄武岩やかんらん岩など)について、風化速度を最大化するための最適な粒度、散布環境(土壌の種類、水分量、温度など)を明らかにします。

2.CO2固定量の高精度評価技術(MRV)の開発: 岩石風化によって実際にどれだけのCO2が大気中から除去・固定されたのかを科学的根拠に基づいて正確に測定・報告・検証する手法を確立します。これはカーボンクレジット市場での取引や政策的な評価において不可欠です。衛星データやAIを活用した広域評価技術の開発も進めています。

3.社会実装モデルの構築とLCA/TEA評価: 日本国内の具体的な候補地(農地、森林、休廃止鉱山など)を選定し、実証試験を通じて技術的な課題を克服するとともに、経済性(TEA: 技術経済性評価)や環境影響(LCA: ライフサイクルアセスメント)を総合的に評価し、持続可能な社会実装モデルを構築します。

 このプロジェクトには、早稲田大学を中心に、産業技術総合研究所(産総研)、北海道大学、九州大学、電力中央研究所といった国内の主要な研究機関や大学が参画し、企業とも連携しながらオールジャパン体制で研究開発を進めています。

 産総研とは、以前から岩石風化促進技術のLCAやTEAを行うための評価ツール開発で協力しています。このツールを用いることで、異なる種類の岩石や散布場所、適用方法におけるCO2固定化量やコストを計画段階で予測できるようになります。

 日本国内での具体的な適用先としては、農地への散布が有望です。土壌改良効果も期待できるため、農業との連携が鍵となります。特に日本では水田が有力な候補地とされており、国内の水田の10%に岩石風化促進を適用した場合、年間300万トン以上のCO2削減効果が見込めると試算されています(日経クロステック記事より)。その他、休廃止鉱山の活用(酸性排水の中和処理とCO2固定化の同時実現)や、ハウス内に設置したトレイに粉砕した岩石を載せてCO2固定を促す「気固接触方式」なども研究されています。

――社会実装に向けて、最大の課題は何でしょうか?

中垣教授:やはり「測定・報告・検証(MRV)」の確立です。固定化されたCO2の一部は地下水などによって移動する可能性があり、最終的にどれだけのCO2が大気中から除去されたのかを正確に把握し、検証可能な形で報告する手法を確立する必要があります。MRVが確立されなければ、カーボンクレジットとしての価値も認められにくく、企業も参入しづらくなります。

 現在、世界中でMRV手法の開発競争が激化しており、私たちもNEDOプロジェクトなどを通じて、高精度な測定技術やモデリング手法の開発に注力しています。

未来展望―地球の自然治癒力を、人間の手で

――岩石風化促進技術が将来的に普及した先に、どのような未来像を描いていらっしゃいますか?

中垣教授:岩石風化促進技術は、地球が本来持っているCO2吸収能力、いわば「地球の自然治癒力」を人間の手で少しだけ加速させる技術だと考えています。この技術が広く普及すれば、農業や鉱業といった既存産業と連携しながら、持続可能な形で大気中のCO2濃度を低減していく道筋が見えてくるはずです。

 もちろん、この技術だけで気候変動問題の全てが解決するわけではありません。省エネルギー化や再生可能エネルギーへの転換といった排出削減努力(ミティゲーション)が大前提です。その上で、どうしても排出されてしまうCO2や、過去に排出されたCO2を除去する手段として、岩石風化促進技術が重要な役割を担える可能性があります。

 将来的には、様々なネガティブエミッション技術が適材適所で活用され、ポートフォリオとして地球全体のカーボンバランスを最適化していくことになるでしょう。その中で、岩石風化促進技術が、コスト効率と永続性に優れた選択肢の一つとして、世界のカーボンニュートラル達成に貢献できる未来を目指して、研究開発を進めていきたいと考えています。

――ありがとうございました。

(構成=BUSINESS JOURNAL編集部)