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創業2年のバイオスタートアップが「わきが」で勝負…4兆円市場に挑む

2025.11.06 2025.11.05 21:05 企業
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福永祐一氏

●この記事のポイント
・米国バイオベンチャーのTaxa Technologiesが開発した「Swap」は、臭いを生む菌を“入れ替える”世界初のデオドラント。1回の塗布で1週間以上持続する。
・創業者の福永祐一氏は、学部在学中に起業。合成生物学の力で「臭いを出さない菌」を設計し、世界4兆円のデオドラント市場に挑む。
・米国での販売を2026年に予定し、慶應大とも連携して研究を拡大。日本独自の「わきが」文化にも注目し、新市場の開拓を目指す。

 体臭ケアの常識が変わりそうだ。

 米国バイオベンチャーのTaxa Technologiesが開発した「Swap」は、臭いの原因となる微生物を“殺す”のではなく、“臭気を産生しない微生物と入れ替える”という発想で生まれた。

 一度の塗布で一週間以上の防臭効果が見込まれ、2026年にはアメリカで販売開始予定。合成生物学の力で、「わきが」という言葉がある日本市場にも新たな可能性を示そうとしている。この技術を実現したのは、学部生時代にバイオテクノロジー企業を起業した日本人・福永祐一氏だ。米国での資金調達に成功し、世界4兆円というデオドラント市場に挑む彼の歩みを追った。

●目次

「殺す」から「入れ替える」へ デオドラントの大革命

 人の皮膚には無数の微生物がすみついており、その一部が体臭や肌トラブルの原因になる。

 米国バイオテックベンチャーのTaxa Technologiesは、臭いの原因物質を生み出す微生物の機能を改変した“無臭型”の微生物を導入し、皮膚上の菌叢を置き換えるという世界初のメカニズムを応用したデオドラント「Swap」を開発した。一度の塗布で一週間以上の防臭効果が見込めることから、現在アメリカで臨床研究が進められており、2026年初旬の販売を予定している。

「生きた微生物を皮膚に長期定着させることは、これまで難しいとされてきました。それを実現できたのが私たちの強みです」

 皮膚という環境で“長期定着”を実現できた点が、同社の技術的ブレークスルーである。従来のデオドラントは、臭いの原因となる微生物を殺菌して一時的に臭いを抑えるものが多かった。だが同社の製品は、皮膚上の微生物群そのものを入れ替えるという発想である。「一度塗ると、臭いを出さない微生物が優勢になります。ですから、シャワーを浴びても効果が続きます」と福永氏は説明する。

 この「微生物の入れ替え」という発想を可能にしたのが、合成生物学の進歩である。

 近年のゲノム編集技術によって、DNAを狙った箇所のDNAをで精密に書き換えることができるようになった。「DNAをパソコンの画面上でA・T・G・Cの配列として読み、ここをこう変える、と指示を出すと、実際にその通りのプラス ズミド(人工的に設計できる小型DNA)を入手できる。生物を“プログラミングする”感覚に近いんです」と福永氏は語る。

 この置き換えを可能にしているのが、Taxaが独自に開発した微生物群「Taxa Probiotics™」(特許出願中)である。創業わずか2年で革新的なプロダクトを生み出すことができたのは、福永氏が合成生物学の知識を得たアントレプレナーだったからである。

学部生から創業者へ——福永氏の異色の経歴

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 福永氏は将来進むべき専門領域を検討しているときに、血液検査スタートアップ「セラノス」が詐欺事件で崩壊したニュースを目にする。血液検査スタートアップ「セラノス」が詐欺事件で崩壊したニュースを目にする。「科学的なエビデンスを自分で裏付けられる人材の価値が高まっている」——そう感じた福永氏は、米・ウィリアムズ大学に進学した。

 大学では神経科学を専攻し、同級生で共同創業者のXavier Segel氏と出会った。二人は大学1年の頃からルームメイトで、生物学への関心を共有していた。卒業論文のテーマがそのまま事業の原型となり、卒業を前に「自分たちで会社を立ち上げよう」と意気投合した。

 創業当初、学部生でありながら研究費と事業資金を集める必要に直面した。コロナ期には活況だったバイオベンチャー市場は、AI企業への投資機運の高まりもあり一気に氷河期へ。その上、教授やポスドクレベルの起業家が多いなかで、若い創業者が投資を受けるのは難しかった。

 目をつけたのは、母校の卒業生ネットワークだった。

「LinkedInで“スタートアップ”というキーワードで片っ端から卒業生を探してメッセージを送りました。最初の2人はすぐに会ってくれたのですが、その後5カ月間は音沙汰なし。地獄のような時期でした」

 転機は、一通の手紙だった。

 同窓名簿に、米国で有名なファンドの創設者の連絡先があり、そこに住んでいるのか確証もなかったが、手書きの手紙を送ってみた。すると、電話があり、30分の会話で「面白いね」と出資が決まった。すると、「あの人が出資するなら」と投資家が次々と集まった。日本では考えにくいスピード感だが、同時にセラノスのようなリスクも孕む。「日本の投資家は技術を細かく確認しますが、米国では“人”を見て決めることが多い」と福永氏は語る。

 米国では資金を集めやすい一方で研究費は高い。結果的に、米国で資金を調達し、日本で研究を進めるという構造が、投下資金に対してレバレッジが効いているという。「ある意味では残念な状況ともいえるが、スタートアップにとっては、この構造が有利に働く面もある」と福永氏は語る。

プロダクトが生まれた理由——“置き換える”という発想

 Taxa Technologiesが開発したのは、「皮膚に定着する微生物を入れ替える」という技術である。

「『腸内細菌』といった言葉はよく聞くと思います。そのように、腸内や口腔でも微生物を入れ替える研究は進んでいますが、実際に長期間定着させるのは非常に難しい。皮膚なら目で見てサンプルを採取でき、環境も比較的安定しているため、置き換えの再現性が高いと考えました」

 同社の技術の核心は、臭いの原因物質を生み出す微生物の機能を改変し、臭いを出さない微生物に置き換える点にある。

 皮膚という領域に注目した理由は、創業初期の現実的な判断にもある。

「創薬は時間も資金もかかる。学部生が始めるには無理があると分かっていました。だから化粧品やデオドラントのような消費財領域に絞った。微生物的なアプローチで実現可能で、圧倒的な市場インパクトを持つ商材を、と考えたんです」

 デオドラント市場は、日本では約500億円に対し、世界では約4兆円規模と桁違いに大きい。歯磨きのように日常的に使う習慣があり、中学生ごろから一生使い続ける人も多いという。「日常使いする消費財としてのスイッチングインパクトが非常に大きい」という。また、アメリカではデオドラントが医薬品ではなく化粧品の扱いであるため規制が緩く、参入しやすい。

 当初は日焼け止め製品の開発も検討した。しかし、日焼け止めは微生物に自然界では見られない機能を付与する試みであり、開発の難易度は非常に高かった。一方、体臭制御は、臭いを出さないようにする“停止(ノックアウト)”の編集である。自然界でも起こりうる変化であり、品種改良などでも用いられてきた技術であるため、実現可能性と市場性の両面から有望だと判断したのだった。

米国で発売へ——日米の市場を見据えて

 まずは、米国でのプロダクト販売が目下の目標だ。プロダクトはすでに500人以上のユーザーによる試験を終え、量産化の準備段階に入っている。米国での販売は2026年初旬を想定しており、1セットは4本入りで、週1回の使用で効果を持続させる仕組みだ。

 量産化のボトルネックは微生物の培養ではなく、プラスチックの剤型である。微生物を長期保存する方法自体が知的財産であり、セキュリティ上の観点からOEMは選択肢にない。需要予測が難しい中で、工場建設は初期投資が大きいため、慎重な意思決定を要する。

 プロダクトのさらなる開発も続ける。9月には慶應義塾大学と、研究リソースの相互提供を通じ、アトピー性皮膚炎や蚊の誘因性を抑える微生物株の産出を目指すことを発表した。

 販売チャネルはドラッグストアなどの小売と、D2C(Direct to Consumer)の両軸を検討している。今年6月にはAmazon Pharmacyの事業モデルを構築したTJ Parker氏が経営に参画し、D2Cのサプライチェーン構築を担う。

 日本市場ももちろん視野に入っている。市場が大きいとはいえないが、日本には独自の可能性があると福永氏は話す。

「日本には“わきが”という言葉がありますが、私が調べた限り、わきの臭いに対して単語がある国は非常に限られます。一定数の日本人海外の方が、わきがに対して手術や注射など医療的な対応をしていると聞いたら、海外の方はまず驚かれます。日本ではわきがをコンプレックスであると捉えている人が多いということであり、デオドラントではなく長期的に効果がある製品へのニーズがあると考えています」

 米国では自社サプライチェーンを構築する見込みだが、日本では事業提携も含め販路を広げることを視野に入れる。

「今後も、技術的なイノベーションを通じた社会課題の解決をして、一般的な消費者の手に届く形にしたい」と福永氏は語る。

 創業わずか2年。合成生物学という先端技術を武器に、皮膚という“身近な生態系”から市場を変えようとしている若き起業家の挑戦は、ここからが本番だ。

(寄稿=相馬留美/ジャーナリスト)

相馬留美/ジャーナリスト

ジャーナリスト。2002年にダイヤモンド社に入社し、「週刊ダイヤモンド」編集部で記者として活動。その後、フリーランスとして経済メディアで執筆・編集を行い、経済メディア企業やスタートアップ企業での勤務を経て、再度独立。企業のビジネスモデルや技術、サービスの取材を通じて、新しい価値を生み出す人々との出会いを大切にしている。