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使用済み紙おむつはゴミではなく“資源”…ユニ・チャームが挑む循環型社会の新インフラ

2025.12.09 2025.12.08 23:03 企業
使用済み紙おむつはゴミではなく資源…ユニ・チャームが挑む循環型社会の新インフラの画像1
ユニ・チャーム公式サイトより

●この記事のポイント
・高齢化で急増する使用済み紙おむつが自治体の廃棄インフラを圧迫する中、ユニ・チャームは水平リサイクル技術を軸に自治体と連携し、循環型モデルを構築している。
・鹿児島・志布志市の実証をはじめ、住民の分別行動の改善、排水処理コスト削減、水を使わない新技術など、事業化と普及に向けた技術革新が進む。
・2030年以降は海外展開も視野に、紙おむつから他の衛生用品まで循環を広げる構想を推進。リサイクルを“当たり前の社会インフラ”にすることを目指す。

 超高齢社会の進行に伴い、社会に静かに積み上がっている課題がある。それが、使用済み紙おむつの急増だ。

 環境省によると一般廃棄物に占める紙おむつの割合は、現在で約5%。今後は高齢化と乳幼児用の利用減少が重なり、2030年には7〜8%、場合によっては10%を超えるという試算もある。様々な品目でのリサイクルが進むほど、残された廃棄物の中で紙おむつの比重は相対的に増えていくためだ。

「高齢者のピークアウトは2035〜40年。そこまでは紙おむつ廃棄の問題は確実に広がり続ける」と語るのは、ユニ・チャーム上席執行役員・共同CRO 兼 企画本部Recycle事業推進室担当の城戸勉氏だ。

 ユニ・チャームは紙おむつ市場で国内首位。大量生産・大量廃棄という構造から脱却するため、城戸氏は「使用後のその先にも責任を持つべきだ」という考えから、約15年前に使用済み紙おむつリサイクルの研究を開始した。

 いまや同社の取り組みは、単なる技術開発ではなく、自治体との協業による新たな“環境インフラ変革”へと進化している。

●目次

高齢化で拡大する“静かな環境リスク”

 日本の焼却炉の多くは老朽化し、更新時期を迎えている。人口減少でごみ自体は減る一方、紙おむつは増える。しかも紙おむつは水分を含むため燃えにくく、燃え始めると高温になり炉の負荷が増える。

「都市部の自治体は最新の焼却炉を持っていることが多いですが、地方の多くは昔の設備のまま。紙おむつの廃棄量が増えるほど負荷がかかり、更新投資も大きくなります」(城戸氏)

 そのため自治体の間では、紙おむつを焼却ごみから外したいというニーズが高まっている。

 こうした背景が、ユニ・チャームの技術開発と自然に接続した。

 “燃やさない自治体”との出会いが突破口に

 ユニ・チャームが本格的にリサイクル実証を進める自治体が、鹿児島県志布志市・大崎町だ。同町は数十年前に焼却炉を「持たない」決断をし、最終処分場に埋め立てる方針を採った。しかし埋め立て容量には限界がある。1998年には「あと6年で埋め立て処分場が満杯になる」という危機が顕在化し、住民と行政は徹底的にリサイクルに取り組んだ。

 27品目もの資源回収を行う結果、一般ごみの中で紙おむつの比率が20%超に達し、もはや紙おむつを何とかしない限りリサイクル率が上がらない状況に陥った。そのタイミングで、ユニ・チャームが技術開発を完成させた。

 2016年には志布志市、2018年には大崎町と協定を結び全国初の本格的な水平リサイクル実証が始まった。

「リサイクルの熱意が行政の中に脈々とあった。これなら一緒にできると感じた」(城戸氏)

 自治体側の“現場の熱量”は、後の展開にも重要な示唆を与えた。

成功のカギは「分別」…住民参加で循環は回り出す

 ユニ・チャーム方式の大前提は「紙おむつを単独で回収すること」だ。他のごみが混ざるとリサイクル装置の生産性が大きく落ちるため、自治体協業ではまず住民への“分別ルールの徹底”が欠かせない。

 志布志市・大崎町では以前から紙おむつを廃棄する方が、ごみ袋に名前を書く記名式の手法を導入しているが、紙おむつは、恥ずかしさ等の抵抗感もあり、排出率が伸び悩んだ。

 そこでユニ・チャームと自治体は、袋の裏側に記名できる専用袋での排出、プライバシーを保護できる捨てやすいボックスを新設。匂い・視線・風雨から守られる構造に変えたことで回収率が大幅に改善した。

「この“捨て方のデザイン”は他自治体にも応用できる。葉山町や浜松市の実証でも活かされています」(城戸氏)

 循環のスタート地点は、実は技術より住民の行動変容にある。

水を使わない分離技術へ──海外展開を見据えた革新

 紙おむつのリサイクルで最も難しいのは、「排泄物の除去」と「水の使用量」である。鹿児島の実証施設では、洗濯機のように水と動力で汚れを落とし、さらにオゾンで殺菌・漂白・脱臭してパルプを取り出している。しかし多量の水を使う方式では、「水資源が限られる地域では不適合」「排水処理コストが大きい」という課題があった。

 そこでユニ・チャームは、ドライクリーニング方式に着目。水を使わないドライ洗浄法を開発し、海外展開の前提条件をクリアしようとしている。

「海外では“水を使わない技術”が必須。節水型・低水利用型の開発が進めば、今後は海外市場へも積極的に進出できる」(城戸氏)

水平リサイクルの強み──“おむつからおむつへ”

 取り出したパルプは再び紙おむつへ。この“水平リサイクル”は、花王や製紙会社の進める「燃料化」「土壌改良材」といった“異素材リサイクル”とは根本思想が異なる。

「燃料化や建材利用に比べて、おむつに戻すことができれば、その為の二次加工費用は掛かるが高単価で再利用できるので、経済合理性が成立しやすい。それが我々の一番のこだわりです」(城戸氏)

 現在はパルプの一部(ティッシュ状に加工された部分)を中心に再利用しているが、最終的には“元のパルプ”としての活用も含めて、より高純度の素材を再度おむつへ戻す技術を追求している。

 また、取り出したパルプ以外の素材はペット用トイレ砂や輸送用パレットなどにも再利用され、新たな出口市場にも拡大している。

黒字化のメド──“排水処理”が最大の壁

 リサイクル事業の黒字化で鍵となるのは、排水処理コストだ。鹿児島では自前の排水処理設備を動かすため、コストがかさんでいた。しかし、もし自治体の汚水処理施設と連携できれば、この大きな費用が大幅に削減できる。

「自治体のし尿処理場を使えれば採算性が一気に改善する。その条件が整えば、黒字化できる見通しです。数年先の実現を目指して自治体と交渉を重ねています。」(城戸氏)

 ビジネスモデルとしての成立性が見えたことは、普及加速への大きな一歩だ。

介護施設は“次の成長ステージ”

 現在は家庭系を中心に回収しているが、次は介護施設だ。施設は職員が分別に協力しやすいため、異物混入のリスクが低く、事業拡大の障壁も小さい。過去に東京都や浜松市で施設回収の実証実験を行っており、その仮説は証明済みだ。

 さらに、志布志市・大崎町では、回収したおむつ→パルプに再生→再びおむつとして子ども園に提供、という循環も実現しており、サーキュラーエコノミーの象徴的モデルとなっている。

  横浜市もこの仕組みに注目し、市内すべての公立保育園でリサイクルおむつを採用している。

環境省の後押しと“150自治体”の目標

 環境省は2023年に「使用済み紙おむつリサイクルの指針」を公表し、2030年までに100自治体での導入を目標に掲げた。その後、2024年にはこの目標を150自治体に引き上げた。

 ・自治体への支援
 ・事業者への補助金
 ・情報提供
の3つを柱に、国の後押しも本格化している。

 城戸氏は言う。

「環境省に個社で要望しても“企業支援はできない”と言われる。業界全体でまとまることが必要。もしかすると、将来は“紙おむつリサイクル法”のような法整備も必要になるかもしれません」

海外展開──鍵は「分別文化」とパートナー選定

 2030年以降、技術が完成すれば海外展開が本格化する。城戸氏が重視するのは、

 ・分別が実行できる国か
 ・現地の廃棄物処理企業と組めるか
の2点だ。

 分別文化が強い台湾・韓国、環境立国のオーストラリア、中国(行政命令による迅速な制度移行が可能)は有望市場とみられる。

 一方で、インドなど分別インフラが未整備の国はハードルが高い。パートナー候補は「回収・運搬・処理を担う廃棄物事業者」。台湾では既にそのモデルが生まれている。

次の循環モデルへ──紙おむつから生活必需品全体へ

 ユニ・チャームは紙おむつ以外にも、生理用品、ペット用トイレ用品、マスク、など多種の衛生用品を持つ。循環技術はこれらにも応用可能だ。

「我々は“ディスポーザブル”という衛生価値を提供している企業。しかし、使い捨て型のままではサステナブルではない。循環型に転換することが我々の使命です」(城戸氏)

 紙おむつは「清潔」「安心」「介護の負担軽減」という価値を提供する一方、大量発生する廃棄物という宿命を背負ってきた。

 ユニ・チャームの挑戦は、その矛盾を解消し、“衛生”と“環境”を両立できる産業へ進化させる試みだ。

「今のリサイクルおむつは通常品より1割ほどコストが高い。しかし、未来のために“エシカルな選択”をしていただきたい。紙おむつがリサイクルされることが当たり前の社会をつくりたい」(城戸氏)

 静かに拡大する“紙おむつ廃棄問題”。その解決に向けたユニ・チャームの挑戦は、単なる企業活動を超え、これからの日本社会が向かうべき方向を示している。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部)