ビジネスジャーナル > 企業ニュース > GovTech東京「人的資本」公共DX戦略

設立2年で職員10倍、民間人材が過半数に…GovTech東京「人的資本」公共DX戦略

2025.12.23 2025.12.23 00:53 企業
設立2年で職員10倍、民間人材が過半数に…GovTech東京「人的資本」公共DX戦略の画像1
東京都副知事の宮坂学氏

●この記事のポイント

・GovTech東京が設立2年で職員数を21人から275人へ拡大。民間人材比率52%という異例の組織構成で行政DXを推進する。
・宮坂学理事長は「人材こそが最大の資本」と断言。採用・育成・輩出を一貫して担う「人材エコシステム」の構築を目指す。
・東京アプリや生成AIプラットフォームなど内製開発を加速。都内全62区市町村で協働事業を展開し、公共DXの新モデルを示す。

 東京都庁の外側に設立された「GovTech東京」が、公共セクターにおける人材戦略の常識を塗り替えようとしている。

 2025年12月17日、東京・丸の内のTokyo Innovation Baseで開催された初のソーシャルキャリアイベント「GO!公共」。会場にはベンダー関係者や自治体職員、民間のデジタル人材など約200人が詰めかけ、開演前から熱気に包まれていた。

 登壇したのは、GovTech東京理事長で東京都副知事の宮坂学氏。冒頭、「統合年次報告2025」を掲げながら、この2年間の成果を淡々と、しかし力強く語り始めた。

「設立時21人だった組織が、いま275人になっています。そのうち民間人材が52%を占める。これは日本の公共セクターでは前例のない構成です」

 会場からどよめきが起きた。行政組織における「民間人材過半数」という事実が、いかに異例かを物語る反応だった。

●目次

設立2年で職員10倍の衝撃

設立2年で職員10倍、民間人材が過半数に…GovTech東京「人的資本」公共DX戦略の画像2

 GovTech東京は2023年7月、東京都庁および都内62区市町村と連携し、東京全体のDXを推進する新たなプラットフォームとして発足した。

 宮坂氏は当初から「人材こそが最大の資本」と公言してきたが、その成長スピードは想定を超えるものだった。

「事業開始時、デジタル人材は13人でした。それが現在107人。マネジメント層も4人から14人に増えています。職種別で見ると、エンジニア、UI/UXデザイナー、データアナリスト、プロダクトマネージャーといった専門人材が9割を占める。これは『内製開発力』を本気で獲得しにいった結果です」

 従来の公共セクターでは、システム開発はベンダー任せが常態化していた。だがGovTech東京は発足当初から「外注開発+内製開発のハイブリッド型」への転換を掲げ、即戦力のデジタル人材を積極採用してきた。

 宮坂氏が示した統合年次報告には、こうした人材構成の変化が詳細に記録されている。

「形態別で見ると、民間人材比率が52%まで増加しました。行政職員は都派遣が39%、区市町村派遣が9%。この官民バランスこそが、われわれの強みです」

 会場最前列に座っていた自治体職員は、メモを取りながら何度も頷いていた。

民間人材が過半数を占める組織

 では、なぜ民間人材を過半数にまで引き上げたのか。

 宮坂氏は「行政DXを強力に推進するため」と明快に答えた。

「行政の現場を知る職員と、デジタルの専門性を持つ民間人材が『バディ』を組む。これがGovTech東京の基本戦略です。行政分野の知見を持つ東京都の職員と、デジタル分野の知見を持つGovTech東京の職員が、それぞれの強みを生かして事業を推進する。この両輪があるから、机上の空論ではなく現場で使えるサービスが生まれるんです」

 実際、GovTech東京が提供する協働事業は、都内全62区市町村で利用されている。

「スポット相談は累計61区市町村、346件。プロジェクト型伴走サポートは51区市町村、202件。共同調達・共同開発には52区市町村が参加し、2025年度だけで約23億円のコストメリットを生んでいます。これらすべて、現場の職員と民間人材が協働した成果です」

 宮坂氏の説明に、会場からは感嘆の声が漏れた。

 さらに注目すべきは、職層別の推移だ。

「設立当初、管理職層は全体の33%でしたが、現在は32%。つまり、現場実務を担うスタッフ層とリーダー・エキスパート層が約9割を占める体制に変化しています。機動力と推進力を併せ持つ組織へと進化しました」

「人的資本」を開示する理由

 統合年次報告で最も異例なのは、「人的資本情報の開示」に一章を割いている点だ。

 採用経路別割合、研修満足度、リモートワーク実施率、男女別賃金差、障害者雇用率……。民間企業でも開示が進む人的資本情報を、公的組織が詳細に公表するケースは極めて珍しい。

「私たちは『人材輩出組織』を目指しています。GovTech東京で得た知見や経験を、行政の現場へ広げ、行政DXの進化を牽引していく人材を育成し、輩出する。そのためには、採用から育成、定着、輩出までを一貫して担う必要がある。人的資本の開示は、その戦略を可視化し、ステークホルダーからフィードバックを得るための手段です」

 宮坂氏が強調したのは、「自力採用」の重要性だった。

「職員採用における経路別割合を見ると、自己応募が33%、ダイレクトリクルーティングが19%、リファラルが10%。つまり自力採用が62%を占めています。人材紹介会社への依存を抑え、自分たちの言葉で魅力を伝え、共感でつながる仲間を集める。これがGovTech東京の採用哲学です」

 採用候補者満足度アンケートでは、選考不合格者でも5点満点中4.2点という高評価を得ている。

「選考結果を問わず、全候補者に満足度調査を実施しています。内定者だけでなく、お見送りした方からも高い評価をいただいている。これは採用プロセスそのものが、GovTech東京のブランドを形成しているということです」

 会場では、採用担当者と思しき参加者が熱心にスライドを撮影していた。

内製開発力の獲得=東京アプリと生成AIプラットフォーム

 人材戦略の成果は、具体的なプロダクトとして結実している。

 宮坂氏が示したのは、2025年2月にリリースされた「東京都公式アプリ(東京アプリ)」だった。

「デジタル人材が企画・UIを内製し、外部委託と連携するハイブリッド方式で開発しました。プロダクト設計、構築、UI/UXデザインのすべてをGovTech東京が担当しています。現在は内製開発チームによる機能拡充を進めており、オンライン手続やAIサポートなどの機能を順次実装していきます」

 もう一つの内製プロダクトが、「生成AIプラットフォーム」だ。

「行政職員の業務効率化を図るため、都庁各局で共通利用可能な生成AI活用環境を構築・運用しています。職員自身がAIアプリを開発・共有できる環境を本格展開し、デジタル公共財として他の区市町村への横展開も視野に入れています」

 宮坂氏は、このプラットフォームがもたらす4つの効果を挙げた。

「開発の簡易化、効率化とコスト削減、資産の共有、柔軟なシステム連携。これらすべてが、内製開発力を持つ組織だからこそ実現できることです」

 会場後方にいたベンダー関係者は、複雑な表情で頷いていた。内製化の進展は、従来の発注構造を変える可能性を秘めているからだ。

公共セクターの人材戦略が変わる

 講演の終盤、宮坂氏は会場に向けてこう語りかけた。

「GovTech東京は、単なる人員補充ではなく、行政DXの最前線で活躍するデジタル人材を生み出し、公共の未来を支える人材として輩出していくことを目指しています。ここで得た知見や経験を行政の現場へ広げ、行政DXの進化を牽引していく──。そんな人材エコシステムを構築したい」

 後半のパネルセッション「未来に渡す、仕事をしよう」では、GovTech東京デジタル人材本部長の小島隆秀氏、Kids Public代表の橋本直也氏、インパクトスタートアップ協会代表理事の星直人氏、江東区CIO補佐官の三上泰地氏が登壇。モデレーターの幸田友資氏(GovTech東京)の進行のもと、公共セクターにおけるキャリアの魅力や官民人材交流の実践について活発な議論が交わされた。

 イベント終了後、交流会では名刺交換の列が途切れず、参加者同士が熱心に情報交換する姿が見られた。

 公共セクターにおける人材戦略は、長らく「年功序列」「終身雇用」「ジェネラリスト育成」が前提だった。だがGovTech東京は、その常識を根底から覆そうとしている。

 民間人材を過半数まで引き上げ、専門性を重視し、採用から育成、輩出までを一貫して担う。そして内製開発力を獲得し、実際にサービスを生み出す。

 宮坂氏が示した「人的資本で勝つ公共DX戦略」は、日本全国の自治体にとって新たなモデルケースとなる可能性を秘めている。

 行政DXの本質は、システムの導入ではなく人材の変革にある。GovTech東京の挑戦は、その命題に対する一つの明確な回答だ。

(取材・文=昼間たかし/ルポライター、著作家)

昼間たかし/ルポライター、著作家

昼間たかし/ルポライター、著作家

 1975年岡山県生まれ。ルポライター、著作家。岡山県立金川高等学校・立正大学文学部史学科卒業。東京大学大学院情報学環教育部修了。知られざる文化や市井の人々の姿を描くため各地を旅しながら取材を続けている。

X:@quadrumviro