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味の素・ダイキンがアジアで成功できた要因…海外展開が失敗する企業と何が違うのか

2026.06.03 05:55 2026.06.03 00:33 企業
取材・文=昼間たかし

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●この記事のポイント
6月1日開催の「Asia Insight 2026」で、味の素、ロッテ、ダイキン、KADOKAWAの実務責任者とASEAN各国のPR専門家が、日本企業のアジア戦略を議論した。本田哲也氏は「ローカルインサイトの欠如」を最大の課題に挙げ、味の素は31カ国・地域で培った現地主義を紹介。フィリピンのSNS利用時間3時間24分というデータも示され、日本ブランドの信頼を売上へ転換するための条件が浮き彫りになった。

 本田哲也氏は、日本のPR業界でその名を知らない人はいない。P&G、トヨタ、資生堂、サントリーなど国内外の大手企業のPR支援を手掛け、PR専門メディア『PRWeek』が選ぶ「世界でもっとも影響力のあるPRプロフェッショナル300人」にも選出された人物だ。2006年に戦略PR会社ブルーカレント・ジャパンを創業し、2009年に上梓した『戦略PR』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)はマーケティング界隈のバイブルとなった。

 その本田氏が2023年、拠点を東京からシンガポールへ移した。日本企業がアジアで勝つための支援をする、というのがその理由だ。そして2026年、ASEAN6カ国のPR専門家を束ねるネットワーク「PR Collective Asia」を立ち上げた。

 6月1日、大手町三井ホールに約300名が集った。そのPR Collective Asia発足を記念するビジネスカンファレンス「Asia Insight 2026」。味の素・KADOKAWA・ダイキン工業・ロッテの実務リーダーと、ASEAN各国のPRストラテジストが一堂に会し、「アジアで日本企業はどう戦うか」を問い直した。

 本稿では、4つのセッションを通じて浮かび上がった論点を報告する。

●目次

追い風の正体と、その死角――本田哲也が語ったアジアの現実

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 冒頭に立ったのは、本田事務所代表取締役の本田哲也氏だ。PRの仕事25年、3年前にシンガポールへ拠点を移した氏は、まず数字を示した。

 ASEAN(東南アジア諸国連合)の人口は総計約6億人。GDPは10年で倍近くに拡大している。日本に対する好感度調査では、アジア各国の消費者の8〜9割が肯定的な回答を示す。

「日本の先輩方が積み上げてきた信頼は、今でも我々の強力な追い風になっています」

 一方、課題も明確にした。アジアは1枚の板ではない。宗教、言語、メディア環境、消費行動……あらゆる軸で各国は異なる。日本企業はこれまで、1億2000万人の同質的な市場でマスマーケティングを磨いてきた。その成功体験が、そのままアジアでは通用しない。

 本田氏が示したのが大塚製薬・ポカリスエットのインドネシア事例だ。日本での定番訴求=運動後の水分補給、二日酔い後の回復は、イスラム圏で運動習慣が少なく飲酒もしないインドネシアではほぼ機能しなかった。転機はラマダンだった。断食による脱水症状に着目し「ラマダン明けに最適な飲み物」として訴求を切り替えた結果、約2億人に関係するメッセージが生まれた。

「ブランド名もデザインも変えていない。変えたのは、その土地が何を信じているかへの向き合い方だけです」

 ローカルインサイトとは、消費者心理の話だけではない。その社会が誇りを感じていること、信じていること、恐れていること。そこまで踏み込まなければ次のステージへはいけないと、本田氏は言い切る。

 だからこそ立ち上げたのがPR Collective Asiaだ。ASEAN6カ国のPR専門家と連携し、日本本社の戦略とローカルの実行を繋ぐ「ミッシングピース」を埋める専門家集団である。「日本人がどれだけ頑張っても、そこで生まれ育った人のローカルインサイトには限界がある。逆もまた然りです」。その認識が、このネットワークの原点にある。

「相手のおいしさを見つける」――味の素が117年かけて磨いた哲学

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 基調講演に立った味の素株式会社代表執行役社長・中村茂雄氏は、研究者出身だ。アミノ酸をベースにした機能性材料の開発に20年以上従事し、半導体パッケージ基板用絶縁材料「味の素ビルドアップフィルム®」を世に送り出した。ラテンアメリカ本部長・ブラジル味の素社社長を経て、2025年2月に代表執行役社長に就任した。

 味の素グループは現在、世界31の国と地域・121拠点に展開。売上高1兆5800億円(2025年度)のうち海外比率は約6割。アジア単独で事業利益の41%を生み出している。

「アジアはもはや当社グループの心臓と言える存在です」

 その成長を支えてきた哲学が「3現主義」だ。現地スタッフが市場に足を運ぶ、現金で取引する、現物を販売する。この3原則を徹底することで、店主とのダイレクトな信頼関係を積み上げてきた。フィリピンを起点に始まり、今やアジア全域の基本的な考え方となっている。

 商品開発では、その徹底ぶりが際立つ。フィリピンの「ギニサン」、タイの「ロスティ」、インドネシアの「マサコ」、ベトナムの「アジンゴー」——いずれもパッケージも味の設計も異なる。しかしその根底に一本通っているのが「おいしさ設計技術」だ。アミノ酸の働きを分子レベルで解析し、その国の人がその国の味でおいしいと感じる配合を科学的に再現する。

「うまみは万国共通です。でも、おいしさは各国でバラバラ。自分たちのおいしさを押し付けるのではなく、相手のおいしさを見つけて再現する——それが私たちのグローバル展開の根幹です」

 社会制度への踏み込みも紹介された。ベトナムでは2012年、農村部の子供の低身長・低体重と都市部の肥満という「二重の栄養課題」に直面した現地社員たちが声を上げ、採算を度外視したプロジェクトが始動した。2025年3月時点でベトナム全62自治体・4367校に給食メニューを届け、2017年にはベトナム初の栄養士43名を誕生させた。

「目の前の現実を見て、自分たちの子供の世代のことを思って経営陣に強く訴えました」

 その声に応えた採算度外視のプロジェクトは、今ビジネスにも還元されている。給食で育った子どもたちが将来、家庭を持つときに同社製品を選ぶ。社会価値と経済価値の循環が、ここにも宿っている。

 タイのキャッサバ農家との連携では、ウイルス病で脅かされる農家を支えるべく土壌診断・アミノ酸由来肥料の提供・教育プログラムを展開。収穫量は平均30%以上向上し、2024年のASEANアワードで金賞を受賞した。

 3つの事例をまとめながら、中村氏はこう締めくくった。

「コーポレートブランドとは、製品のロゴでも広告のスタイルでもありません。3万5000名が世界31の国と地域で毎日積み重ねている価値創出そのものです」

変えるもの、変えないもの――3社が語ったアジアのリアル

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(左から)野津健次郎氏、片山義丈氏、石原輝明氏、陰山祐一氏

 続くパネルには、KADOKAWA・石原輝明氏、ダイキン工業・片山義丈氏、ロッテ・野津健次郎氏が登壇した。

 ここでは話が進むにつれ、3社に共通する構造が浮かび上がってきた。「変えてはいけないもの」を守るために「変えるもの」を徹底的に変える、その判断の積み重ねがアジアでの現場を支えているということだ。

 ロッテの野津氏は、インドネシアでのキシリトールガムを例に挙げた。3色のパッケージデザインが「LGBTQを連想させる」と現地から指摘を受け、修正した。ブラックアンドホワイトのチョコがアメリカで人種的な文脈で問題視されそうになったこともある。「現地からの指摘で気づくことが本当に多い」と野津氏は語る。

 ただ、日本の強みをやすやすと手放してはいけないとも続けた。日本のSNSユーザーは「失敗したくない」という動機でリサーチする。一方、東南アジアでは「よりいいものを見つけたい」という加点志向が強い。その違いを踏まえてインフルエンサー施策を厚くしながら、日本の品質というDNAは変えない。「グローカライズ」という言葉に、ロッテの現在地が凝縮されている。

 ダイキンの片山氏が語ったのはインドでの教訓だ。インドは停電が多い。エアコンが落ちて再起動を繰り返すと機器が劣化する。日本では想定しない前提が、現地では最大の課題だった。

「日本では考えもしないことが、現地では一番困っていることだったりする」

 技術を持ち込んだだけでは評価されなかった。停電に強い専用機を開発し、そのベネフィットをコミュニケーションの中心に据えて初めて市場が動いた。同じ発想で開発した製品は、停電の多い他国へも横展開されている。

 もう1つ、片山氏が打ち明けた話が会場の笑いを引いた。キャラクター「ぴちょんくん」がいつの間にかタイで「妹」を持っていた件だ。現地スタッフが文化に合わせて独自にアレンジしていたのだが、誰の許可も取っていなかった。「それ以降はちゃんとやっています」と片山氏は苦笑した。ただその「勝手な妹」こそ、ローカルへの愛着が現地から自然発生した証でもあった。

 KADOKAWAの石原氏は「弱者の兵法」という言葉を使った。強いIPを自前では持たないからこそ、現地に入り込み、現地の人の気持ちを掴めるようになるしかない。その発想が、社名を冠しない現地法人を積極的に設立することにつながっている。今や小学館・集英社・講談社をはじめ他社のIPを預かり世界展開する事例も増えている。

 しかし、作品の現地化については、線引きが難しい。「現地に寄せよう」という下心で作り始めた作品は、ファンから「自信を持って日本の漫画を作れ」と怒られる。

「変に寄せた結果、誰からも支持されないケースは多々あります。日本で強いものを自信を持って作ることが、結局は現地でも響く」

 東京は「何のためにやるか」という目的と素材の監修にとどめ、コミュニケーションの手法は完全に現地に委ねる。その分権が、スピードと現地適応を両立させている。

信頼は自動的には売上に変わらない――ASEANから届いた警告

 後半のパネルには、シンガポールのイヴォン・コー氏、タイのソフィス・カセムサハシン氏、フィリピンのマリン・モリーナ氏が登壇した。

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マリン・モリーナ氏

 フィリピンのモリーナ氏が持ち出したのは、具体的な数字だった。日本人の1日あたりのSNS滞在時間は約53分。フィリピン人はその約4倍、3時間24分だ。

「フィリピンでは53分で信頼を作り始められるかもしれない。でも3時間半の会話を成立させなければ、意味がない」

 フィリピンはZ世代とミレニアル世代が投票人口の73%を占める、東南アジアで最も若い国だ。コミュニティ志向が強く、家族や友人とのつながりの中で情報が流通する。日本ブランドへの信頼は高い。しかし「好きな日本ブランド」を聞くと歴史のある定番しか出てこない。信頼がまだ、熱量のある認知に転換されていないわけだ。

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(左から)イヴォン・コー氏、ソフィス・カセムサハシン氏

 シンガポールのコー氏は「小さくて、遠くまで届く市場」という表現を使った。人口600万人の小市場だが、シンガポールでの企業評判はアジア全域に波及する。ESGやコーポレートガバナンスへの関心が高く、社会的インパクトを軸にブランドを構築することがアジア全体への信頼の礎になると語った。

 タイのカセムサハシン氏は、現地の変化をデータで示した。タイはいまASEAN最大のVOD市場となり、情報は動画で消費される時代になった。ナノ・マイクロインフルエンサーを通じたコミュニティ型マーケティングが主流になりつつあり、本社発の硬直したメッセージでは若い世代に届かない。

 3人の言葉を貫く共通点は1つだった。日本ブランドへの信頼という「資産」は確かにある。しかしその資産は、現地のコンテキストに乗せて初めて動く。乗せる努力をしなければ、信頼は信頼のまま眠り続ける。

 4つのセッションを通じて、会場が繰り返し聞いた言葉がある。「変えるものと、変えないもの」だ。

 味の素がアミノサイエンスを変えずに各国のおいしさを科学した。ダイキンがR32の技術を手放さずにルールを作った。KADOKAWAが日本IPの本質を守りながら届け方を現地に委ねた。ロッテが品質のDNAを保ちながら色と形と温度に適応した。

 その境界線は誰かが引いてくれるものではない。現場で、データで、対話で、少しずつ育てていくものだ。アジアの6億人はすでにそこにいる。あとは、その人たちが信じているものに、誠実に向き合う覚悟があるかどうかだ。

(取材・文=昼間たかし)

昼間たかし

昼間たかし/ルポライター、著作家

 1975年岡山県生まれ。ルポライター、著作家。岡山県立金川高等学校・立正大学文学部史学科卒業。東京大学大学院情報学環教育部修了。知られざる文化や市井の人々の姿を描くため各地を旅しながら取材を続けている。

X:@quadrumviro

公開:2026.06.03 05:55