●ずさんな増資計画
こうした苦境が続くANAの業績に、ずさんな増資計画がさらに冷水を浴びせている。
同社は12年7月3日、公募増資と第三者割当増資により2110億円の資金調達を実施すると発表した。B787型旅客機をはじめとした最新鋭機の購入で欧米向け国際線の輸送能力を増強するほか、成長著しいアジアにおいて買収を含めた機動的な投資ができるよう財務基盤を強化するのが目的と説明。調達額の大きい公募増資の募集総額1840億円だった。同社が増資発表をしたのは株式市場の引け後だったが、日中にその概要が市場に知られてしまったため株価は急落、前日比14%安の193円で引けた。
株価が急落したのは「前回の増資が成長につながらなかったのに加え、今回の増資は額が大きいため、株価値の希薄化を招くと投資家の大半が判断した」(証券アナリスト)のが要因だった。その結果、同社が8月15日に発表した「増資確定」では、公募増資が約1600億円、第三者割当増資が約136億円の計1736億円にとどまり、予定資金を全額調達できなかった。
それだけではない。「目標未達」に終わった公募増資には、次のような裏話があった。
それは12年4月下旬のこと。ANA関係者は「JALの12年3月期連結決算を見ていた役員の顔が、見る間に真っ青になった」と打ち明ける。同期のANAの決算は、売上高が1兆4115億円、営業利益が970億円、最終利益が282億円でいずれも過去最高とホクホクしていたら、JALの売上高は1兆2048億円でANAを下回ったものの、営業利益は2049億円、最終利益は1866億円。営業利益はANAの2.1倍、最終利益はANAの6.6倍に上ったからだ。
「もう競争相手ではないと思っていたのに、気が付いたら以前より強靭な筋肉を身に着けてリングへ戻ってきたのに驚愕した」(ANA関係者)というわけだ。12年は「LCC元年」といわれた年でもあり、「これではLCCとJALの挟み撃ちに遭う」(同)と慌てたのも無理はないだろう。
業界関係者は「そこでANAは不利な状況を一挙に打開しようと、急遽大型増資に踏み切った。この泥縄的な増資がボディブローのように体力を弱め、業績の足を引っ張っている」と指摘する。つまり、増資により株式が大量に増えた結果、国内線で割引利用できる株主優待券が増加した。同社のエコノミークラス株主優待割引率は50%。株主優待券を使って搭乗する個人株主が増えたため、路線価格が下落した。証券アナリストによると、14年3月期第3四半期の「国内線収入は想定より収入が約140億円下振れしているが、うち約65億円は株主優待関連による」と分析している。
一方で、1736億円もの資金を市場から調達しながら、同社がこの間に決めた戦略的な投資案件は、米国でパイロット訓練事業を手掛けている「パンナムホールディングス」の買収に137億円、ミャンマーの中堅航空会社「アジアン・ウィングス」の買収25億円ぐらいのもの。増資で調達した資金をなんら有効活用できないでいるのだ。こうした実態も、投資家の「新規に獲得した羽田国際線の11枠を有効に活用し、JALとの企業体力差を縮められる智恵がANAにあるのか」との疑心暗鬼を生み出している。
証券アナリストは「ANAの経営には場当たり的な対応が目立つ。投資家の間に渦巻く経営不安を払拭するためにも、今度の11枠こそ練りに練った戦略的活用で、市場に『なるほど』と思わせる結果を出す必要がある」と、注文を付けている。ANAが市場からの信頼を回復するためには、当分時間が掛かりそうだ。
(文=福井晋/フリーライター)