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ルディー和子「マーケティングの深層と真相」(1月7日)

イオン、楽天…自社経済圏への顧客囲い込み戦争 新決済サービス続出、クレカ終焉か

文=ルディー和子/マーケティング評論家、立命館大学教授

 最近、ビジネス誌を読んでいると「決済サービス」という言葉がやたら目につく。

 国語辞典によれば、「商取引が成立すれば、一般的に品物を引き渡したり金銭を支払ったりする権利(債権)や義務(債務)が生じる。決済とは、これらの債権や債務のうち、金銭に関するものについて、実際に金銭の受け渡しを行って債務や債権を解消すること」とある。

 これまで決済サービスは、主に銀行やクレジットカード会社などの金融機関が提供してきた。しかし昨今は、小売業やIT企業による新しい決済サービスが続々と登場している。そしてその新しい決済サービスは、従来のプラスチックのクレジットカードより使い勝手がよく、セキュリティも高いとされる。

 コンビニエンスストアなどで、楽天Edyや東日本旅客鉄道(JR東日本)が発行するSuicaなどプリペイド形式の電子マネーで支払いをする人をよく見かけるようになり、少額の支払いには電子マネーが定着してきているように感じるが、日本はまだ現金大国である。

日本銀行の調査「決済システムレポート2012-2013」によると、日常的なショッピングにおける現金以外での支払いにおいては、1万円以下の支払いでは97.6%が現金で、電子マネー7.9%、クレジットカード4.7%となっている(2つまで回答可とした質問、以下同)。1~5万円の支払いでは現金66.3%でクレジットカード50.5%、電子マネー1.2%。5万円以上になるとクレジットカードが現金を上回り57.6%、現金52.4%、電子マネー1.0%となる(ちなみに、日銀のレポートでは、電子マネーは「利用する前にチャージを行うプリペイド方式を採用したもの」と定義されている)。

 新しいサービスが次々と生まれても、消費者(人間)には保守性があり、長年の習慣からはなかなか離れられない。長い歴史がある現金やクレジットカードを使う習慣が根づいている先進国全般にいえることだ。フランスのコンサルティング会社・キャップジェミニによる調査(「World Payments Report 2014」)によると、非現金による決済金額の伸びの50%以上は新興国や開発途上国で発生しているという。グローバル全体で、クレジットカードや預金口座にリンクづけされているデビットカードの利用は継続して伸びてはいるが、スマートフォン(スマホ)やタブレットといったモバイル端末による決済は毎年60%余の成長が予測されており、その急激な伸びが決済市場に大きな影響を与えている。

 ちなみに、世界でモバイル端末による決済をしている利用者の5人に1人は中国人だという調査結果もある。反対に、中国ではクレジットカードは10人に1人くらいしか利用していない。このままの傾向が続くと、5年以内に非現金取引において中国が世界最大の市場になる可能性が高いと報告されている。

 決済の一つの方式として、日本には「代金引換」という宅配業者が提供するサービスがある。インターネット通販の利用が増大し、また商品の受け渡しと代金の支払いが同時に行われることによる安全性の確保といった利点があるため、12年度にはヤマト運輸佐川急便の2社で約2億件、2兆円規模に達している。

 このように、各国の市場状況に合わせて特異な決済サービスが生まれるもので、中国ではeコマース最大手のアリババが、「アリペイ」という決済サービスを提供している。顧客が不正な業者にだまされたりしないように顧客から代金を一時的に預かり、商品が客に届いた時点で代金を販売業者に支払うことで、取引の安全性を確保するのに成功。これがアリババ急成長の要因の一つだとされる。

IT企業が決済サービスに続々参入

 非現金による決済サービスに注目が集まっている理由は、最近、グーグルやアップル、アマゾンといった著名IT関連企業がこの分野に進出してきているからだ。特に14年秋にアップルが日本の「おサイフケータイ」に似た「Apple Pay」という機能をiPhone 6やApple Watchに搭載したことで、決済サービスの話題に火がついた感がある。

 そもそもIT企業が決済サービスを提供することで、どんなメリットがあるというのだろうか。

 楽天やイオンのような小売業者が自ら決済サービスを提供する意図は理解できる。クレジットカードや他の決済手段を使われれば、手数料を払わなくてはいけない。特に、単価が低く粗利益率が数%しかないスーパーマーケットのような業種においては、買い物客が他社のカードを利用して、その手数料をカード会社に支払うことは利益に大きく影響する。そこで小売業者は金融サービスに進出し、願わくは銀行を抱え、お金とモノが自社グループ内で循環する環境をつくりたいと考えるのだ。「XX経済圏」と呼ばれるものである。

 アリババも、オンラインファンドMMF「余額宝」を13年に始め、半年で4900万人から2500億元(約4.5兆円)の預金を集めるのに成功している。銀行の定期預金より2倍も高い約6%の金利を提供しているのが人気の理由だ。アリババのECサイトで買い物した客が、余額宝への預金を元にアリペイ決済を利用すれば、自社グループ内でお金とモノが循環する。すなわち「アリババ経済圏」がつくられたことになる。

 楽天が自社カードを決済に使うのを促すためにポイントを提供するように、アリババもスマホで決済すればキャッシュバックをするなど、経済圏への消費者の囲い込みを積極的に行っている。スマホ決済が多い中国では、スマホにタクシー配車やレストラン予約等の便利なアプリを無料配布し、それらのサービスへの支払いにも自社決済機能を使ってもらうことをもくろんでいる。そのため、スマホで顧客を囲い込むかたちでアリババ経済圏をつくろうとしているといわれている。

米国の決済サービス事情

 日本では、銀行を傘下に収めている小売業者も多いが、米国ではそのビジネススタイルは難しいようだ。現に世界最大の小売業、ウォルマートは05年に銀行を買収しようとしたが、反対する銀行団体のロビー活動によって07年に断念している。

 米国では、クレジットカードデビットカードが個人の決済方法の40%以上を占め、それに小切手を足すと60%を超す。従って、イーベイ傘下の決済サービス会社のPayPalや、グーグル、アップルも既存のクレジットカードに頼って決済サービスを提供せざるを得ないのだ。

 グーグルの決済サービス「Google ウォレット」は、グーグルがクレジットカードのマスターカードをスマホに割り当てるスタイルを取っている。スマホの所有者がマスターカードを申し込むわけではないので、カード会社が信用調査をする必要もない。Google ウォレットで買い物をすると、グーグルは利用者が選んだクレジットカードかデビットカードに課金する2段階方式を採用している。

 アップルの場合は、利用者は最初に自分のクレジットカードの必要事項を入力しなくてはいけないが、あとはスマホを専用カードリーダーにかざすだけで支払いができる。カード番号は店側にはわからないから、通常のクレジットカードよりセキュリティが高いことを売りにしている。

 グーグルが決済サービスを提供する目的は、消費者の購買データがほしいからだといわれている。しかしアップルは購買データを収集しないと明言しているので、新製品の機能を高めることが目的かもしれない。

利益の少ないスマホ決済

 これらと一線を画しているのが、ツイッター創業者の一人であるジャック・ドーシー氏が始めた「スクエア」で、事業ターゲットは中小規模の小売業やサービス店舗だ。スクエアが提供するシステムを使えば、スマホやタブレットをレジ代わりにしてクレジットカードで決済ができる。スマホのイヤホンジャックに500円玉大の専用カードリーダーを取り付け、クレジットカードを通せば決済できる。店側にとっては、レジ端末やクレジットカード専用端末が不要で無料配布されるアプリと専用カードリーダーだけあれば利用できるため、初期投資がほとんどない。しかも、スクエアは小売店が業績を上げるために必要なデータ管理や分析ツールも提供する。例えば、顧客が一番多く来店する時間帯や、雨天と晴天では売り上げがどれほど変わるかなど、個人商店がこういったデータをもとにマーケティング効率を向上することができるような無料アプリが充実している。

 アマゾンも同じく中小の店舗や屋台など移動店舗のようなサービス業者をターゲットに、スクエアと似たような決済ツールを14年夏に発売した。この種の決済サービスはコーヒーショップなどに重宝されるだろうが、サービス提供者にとっては利益率が薄く、スクエアは13年に1億ドルの損失を出したといわれる。もっとも、アマゾンの目的は消費者の店舗における購買情報を収集することにあるとみられており、決済サービスで儲けなくてもよいのだろう。

 日本でも、楽天やコイニ-のように、スクエアやアマゾンと似たサービスを提供している企業がいくつかある。こういった企業は、目的はさまざまであっても、POSレジメーカーの脅威となることに間違いはないだろう。

小売業者の金融サービスは諸刃の剣?

 さて、ウォルマートの話に戻そう。米国小売業や外食産業は、ウォルマートが中心となりマーチャント・カスタマー・エクスチェンジという団体を設立し、15年から独自のスマホ決済サービス「カレントC」を開始しようとしている。団体メンバーの中には、Apple Payによる支払いを拒否する店舗があり、「客のことを考えているのか」などと消費者から批判されている。カレントCの場合は、クレジットカードではなくデビットカードを使い、アプリでQRコードを表示して既存のPOSレジで決済できる。これがあればカードリーダー専用端末も不要で、クレジットカードに比べて手数料が安い。当然のことながら、企業は利用者が識別できるショッピング情報を獲得できる。

 米国では、クレジットカードの手数料が高すぎるとして店舗側が集団訴訟を起こす例もあり、カレントCには多くの期待が寄せられている。その意味で、アメリカでは新しい決済サービスは、銀行対小売業・外食産業といった構図になっている。

 ウォルマートは14年、一度挫折した金融事業に対して積極的に動き始めた。例えば、同社が米国全土に展開している4200店舗内で客が割安に送金できるサービスを4月に始めた。次いで、地方銀行と提携してスマホで利用できる、デビットカードにひも付けされた預金商品を発売している。

 歴史的に見ても、小売業が金融サービスをグループ内に抱えたいと願うようになるのは自然のなりゆきだ。前述したように、支払いに他社のカードを使われて手数料を払っていては利益率が落ちる。また、購買客を決済手段で囲い込めれば、自動車保険など他の金融商品の販売にも容易に展開できる。

 利益率が非常に低い小売業に従事していると、固定費が小さく利益率の高い金融サービスが魅力的に見えるようだ。米国でいえば、1970年代から80年代にかけて世界一の小売業だったシアーズという会社は、銀行、保険、証券会社まで傘下に収め、当時でいうところのコングロマリット(複合企業)となった。最近の例では、英国のスーパーチェーン、テスコも同じような道を歩んでいる。

 シアーズは本業の小売業が低迷するとともに、客数が減って金融サービスもうまくいかなくなり、結果的には、すべての金融サービス子会社を売却することになった。その後、回復する気配は見られず、本業の小売業はいまだに低迷したままだ。テスコも最近になって本業の売り上げ低迷、それに関連して不正経理の疑いも出てきて、株価が1年間で50%も下がっている。今では、本業を盛り返す資金を捻出するために、傘下のテスコ銀行を手放すのではないかとウワサされている。

 こういった歴史を振り返ると、本業の顧客をベースとして金融サービスに手を広げた企業は、本業を無視したわけではないだろうが、努力を怠ってしまう傾向があるようだ。コツコツ努力して1%や2%の利益率を上げるのを、無意識のうちにバカらしく思うようになってしまうのか、はたまた本業の売り上げが落ちても、金融サービスからの利益を当てにしてしまって危機意識がすぐには出てこないのかもしれない。

「XX経済圏」を構築しようとしている企業は、そういった落とし穴に落ちないよう気をつけるべきであろう。
(文=ルディー和子/マーケティング評論家、立命館大学教授)

ルディー和子/マーケティング評論家

ルディー和子/マーケティング評論家

早稲田大学商学学術院客員教授。
国際基督教大学卒業後、結婚・渡米を経て帰国、
米化粧品会社のエスティ ローダー社で働きながら
上智大学国際部大学院経営経済修士課程修了。
エスティ ローダー社ではマーケティングマネジャー、
出版社タイム・インク/タイムライフブックス社での
ダイレクトマーケティング本部長を経て、
マーケティング・コンサルタントとして独立、
自身の会社ウィトン・アクトンを設立
ルディー和子オフィシャルブログ

Twitter:@shouhigaku

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