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ジャパネットたかたの難局 元名物社長、新社長・長男の修羅場で早くも復帰観測も

文=編集部

 テレビ通販大手のジャパネットたかたを傘下に置くジャパネットホールディングス(HD)は1月、名物社長の高田明氏が退任し、後任に長男で副社長の旭人氏が就任した。旭人氏は両社の社長を兼ねる。創立記念日の1月16日に合わせて長男に社長の座を譲った明氏は同日、東京都内で旭人氏とともに記者会見し、「自分が元気なうちにバトンタッチしたかった。新社長や他の社員に力がついたので(退任を)決めた」と説明した。

 明氏はテレビショッピングでの甲高い声と親しみやすい語り口で、一躍人気者になった。会長や顧問に就かず、テレビショッピングへの出演も今後1年をメドに取りやめるという。

 新社長の旭人氏は就任会見で「(会社を)思い切って変えていく」と決意を述べた。テレビに出演した父のやり方は踏襲せず、テレビショッピングには出演しない予定。新体制の発足に合わせて組織を一新し、2007年設立のジャパネットHDはこれまで実質的に機能していなかったが、持ち株会社体制を強化。拠点を東京・港区に移し、人事部門などを統括する専門部隊と位置付け、社員を63人に増やした。通販事業のジャパネットたかたとコールセンター運営会社に加え、新たに設立した物流、アフターサービス、宣伝広告の3社を含め、合計5つの事業会社を傘下に置いた。

 旭人氏は1979年、長崎県佐世保市で3人兄弟の長男として生まれた。九州有数の進学校である久留米大学附設中学・高校を卒業。東京大学理科二類に入学後、教養学部に進み卒業。02年、野村證券に入社し2年間勤務した後、04年にジャパネットたかたへ入社。商品開発本部やコールセンター、商品管理の責任者を務めるなど一通りの部門を経験。12年から副社長と東京オフィス代表を務めていた。

 明氏は昨年夏、テレビ通販20周年を記念して開いた取引先への「感謝の会」の席上で社長退任を表明。新体制に向けて準備を進めてきた。旭人氏は会見で「2~3年後、父がいなくても意外と大丈夫だったと言われるようにしたい」と言い切った。明氏の個性的なキャラクターが成長の原動力だっただけに、明氏が去った後も成長を維持できるのか、旭人氏の経営力が問われることになる。

●急成長

 明氏は48年11月、長崎県平戸市にあるカメラ店の次男に生まれた。県立猶興館高校から大阪経済大学経済学部に進学し、大学時代は英語の習得に明け暮れた。卒業後、京都府の機械メーカー阪村機械製作所に入社。語学力を買われ、数年間東欧を中心に海外で勤務した。得意の語学力を生かして翻訳会社を設立しようと退社したが、これは挫折した。

 74年から父が経営していた「カメラのたかた」を手伝い、平戸を訪れる観光客相手に観光写真の撮影を始めた。そして86年1月、佐世保市でカメラ店、株式会社たかた(現・ジャパネットたかた)を設立し、フィルムの「即日現像・手渡し」を売り物にした。

BusinessJournal編集部

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