海外保険会社への出資や企業のM&Aに、今後10年間で最大1兆5000億円を投じる。国内では、金融機関で保険商品を販売する子会社の買収も検討する。20年3月期決算で売上高に相当する保険料等収入で第一生命保険に抜かれることが決定的となる中、なりふり構わぬ首位奪還作戦は成功するのか――。
「まさか、ここまで大胆に方向転換してくるとは」
競合他社の社員はこう漏らす。これまで日生は、競合の第一生命が豪タルや米プロテクティブ生命を子会社化するなど果敢な買収戦略を進めるのと対照的に、M&Aには慎重だった。
国内生命保険市場は「少子高齢化で海外に活路を見いださざるを得ない」という論調がマスコミを中心に支配的だが、高齢化を背景に医療保険や介護保険の市場は拡大しており、今後も伸長が見込める。日生の経営陣も「海外も重要だが、まず国内」と繰り返してきた。あくまでも、海外戦略は現時点では少数出資が基本で、経営に参画するというよりは資産運用の意味が大きい。第一生命が株式上場に踏み切ったことで、投資家の成長を求める声に対応するため、拡大路線を敷かざるを得ない状況を日生は冷ややかな目で見ていた。
日生が、猛追してくる第一生命を静観できた背景には、「猶予期間」の存在もあった。14年に買収したプロテクティブの保険料収入の約4000億円が第一生命本体の業績に反映されるのは16年3月期。加えて、プロテクティブの保険料収入4000億円規模が上乗せされたところで、単純計算では日生は抜かれるわけでなく、僅差に迫られる状態。日生は2年近くかけて、第一生命を突き放す策を練ればよかったのだ。
狂った思惑
だが、アベノミクスの追い風が、日生の思惑を狂わせた。14年4~9月期決算で保険料収入は第一生命が前年同期比22%増の2兆5869億円に上ったのに対して、日生は4%増の2兆4682億円にとどまった。第一生命が日生を上回り、半期ベースで初めて首位になったのだ。
逆転の主因となったのが、金融機関を通じての保険販売。外貨建ての個人年金保険が、金融機関の窓口で飛ぶように売れた。第一生命が窓販で約1兆円を荒稼ぎしたのに対して、日生は2200億円程度と差は歴然だ。
14年11月末に開かれた4~9月期の日生決算会見席上で、児島一裕取締役常務執行役員は「日本最大であることにこだわっている当社としては、看過できない状況だ」と悔しさを隠さなかった。その悔しさをかたちにしたのが新中計。規模を拡大するために時間をカネで買うのは企業戦略としては選択肢のひとつだが、前述のように日生はM&Aに消極的だった。日生の節操のなさに、競合他社の首脳も次のように首をひねる。
「生命保険はライフスタイルに根ざした商品。地域ごとに戦略も異なるため、日本のモデルを横展開できないという姿勢が大手生保の中でも日生は強かった。第一生命に単年度の売り上げで抜かれたところで、生保の利益の源泉である保有契約数や総資産は日生が群を抜いて多い。リーディングカンパニーとして泰然自若としていてほしかった」
こうした他社の「ガリバー」への敬意も虚しく、日生の筒井義信社長は中計発表後に毎日新聞のインタビューで、M&Aに関して「米国は有力な検討対象のひとつ」と怪気炎を上げた。すでに欧米で複数の案件の選定に入ったことも明らかにした。
消耗戦突入の恐れも
売上高を伸ばすには、保険の成熟市場で企業規模も大きい欧米の買収が近道であることは間違いない。とはいえ、北米は世界最大の保険市場で参入企業も多く、競争は熾烈。海外での経験を積んできた第一生命ですら、北米の経営を軌道に乗せられるか疑問視されている。これまで海外でのノウハウが十分でない日生が急いで買収に踏み切ったところで、規模は拡大できても、買収した企業の百戦錬磨の経営陣や従業員をハンドリングできるかは不透明だ。
「人材はピカイチ。他の生保に比べて図抜けている」と評される日生。その優秀な人材を生かして、急な方針転換を軌道に乗せられるのか。それとも、国内ナンバーワンのメンツを維持するためだけの消耗戦に巻き込まれ、迷走の一歩になるのか。
(文=黒羽米雄/金融ジャーナリスト)