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藤和彦「日本と世界の先を読む」

ロシアの天然ガス・パイプライン爆破、米国が関与か…米国、世界最大のLNG輸出国に

文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー
アメリカ国務省のHPより
アメリカ国務省のHPより

 ロシア政府は2月15日、「2月22日に国連安全保障理事会を招集し、ロシアから欧州に天然ガスを送る海底パイプライン『ノルドストリーム』に対する破壊行為について議論する見通しだ」と述べた。ノルドストリームをめぐっては米ジャーナリストのシーモア・ハーシュ氏が2月8日、「米国政府が爆発に関与していた」と報じたことを受けて、ロシア政府は翌9日、「真相を解明した上で責任者を罰するべきだ」と主張していた。

 ハーシュ氏は現在85歳となるジャーナリストだ。ベトナム戦争のソンミ村の虐殺報道でピューリッツアー賞をとり、一躍有名になった。ハーシュ氏はさらに、ウォーターゲート事件にCIAが関わったことやイラク戦争時にイラク捕虜兵を収容したアブグレイブ刑務所で米軍による拷問が行われていたことなどを暴露し続けてきた。ハーシュ氏は常に米国政府に都合の悪い情報をすっぱ抜いてきたといっても過言ではない。今回の報道も米国政府にとって頭が痛いことこの上ない。

 ノルドストリームは昨年9月下旬、合計4本のパイプラインのうち3本が破壊され、使用不能になったままだ。犯行直後から西側諸国は一斉に「ロシアの犯行だ」と非難したが、これに対し、ロシアは「自らの無実」を主張し続けていた。その後、爆発に関する調査が西側諸国とロシア双方で進められたものの、ロシアの犯行を示す証拠が見つかることはなかった。

米軍、CIA、国務省、ノルウェー政府が参画か

 手詰まり感が募るなか、ハーシュ氏のスクープ報道が飛び出したわけだが、その内容は以下の通りだ。ハーシュ氏は、計画に関わった匿名の関係者の話として、ノルドストリームの破壊工作は、バイデン大統領が国家安全保障チームと9カ月以上にわたって秘密裡に協議した結果、決定されたものだとしている。サリバン国家安全保障担当大統領補佐官が中心となって、米軍、CIA、国務省などの担当者が参画した。ノルウェー政府・軍も関わったとされている。

 破壊工作は実際どのように行われたのか。バルト海で毎年行われている西側諸国の軍事演習「バルトップス」は昨年6月に実施されたが、その際、米海軍のダイバーがC4爆弾と呼ばれる粘土形状の爆弾をパイプラインに仕掛けた。そして3カ月後の9月26日、この爆弾を破裂させた。ノルウェー軍が空中から潜水艦探知のために使うソナーブイを投下し、ソナーブイが発する信号に反応してC4爆弾を遠隔操作したという。爆弾が設置されてから実際の爆破までに3カ月を要した理由について、ハーシュ氏は「バイデン大統領がリスクの大きさに恐れて爆破延期を命じていたからだ」と独紙のインタビューで述べている。米国政府やノルウェー政府はハーシュ氏の報道を全否定しているが、分析の深さが際立っていることから、筆者は「信憑性が高い」と考えている。

 ロシア政府は爆破直後から「米国政府が関与した」と主張していた。欧州では米国からの液化天然ガス(LNG)輸入量がロシアからのパインプラインによる天然ガス輸入量を大幅に上回る事態となり、米国はカタールを抜いて世界最大のLNG輸出国となった。ノルウェーからのパインプラインによる天然ガス輸入量もロシアからの輸入量を上回るようになっている。

 ノルドストリームの爆破で得をしたのは米国とノルウェーであることは明白だ。ロシア政府は自らの無実を証明できる証拠が出てきたことで意気軒昂だが、西側の政府・メデイアともにハーシュ氏が提示した「不都合な真実」にだんまりを決め込んでいる。

欧州諸国、独自路線に踏み出すのか

 筆者が注目したのは、この爆破計画がロシアのウクライナ侵攻の半年前(2021年9月)から検討されていたことだ。この時点でノルドストリーム2の建設工事は完成しており、稼働が開始すれば、ドイツのロシア産天然ガスの依存度はさらに高まる状況にあった。ハーシュ氏によれば、これを懸念したバイデン政権は、冬を迎えるドイツが苦境に陥ることを承知の上でロシアからの天然ガスの供給を途絶させることを画策したという。これが事実だとすれば、同盟国に対する明確な背信行為だといわざるを得ない。

 今冬の欧州は幸いにも暖冬に恵まれたが、ロシアからの安価な天然ガスが確保できなくなったことのダメージは計り知れない。昨年のロシアのパイプラインを経由した欧州向けの天然ガスの輸出量は前年比45%減の1009億立法メートルとなり、ソ連崩壊後の最低水準(1995年の1174億立法メートル)を下回った。ドイツの産業界が今年支払うエネルギーコストは2021年から約40%も高騰する見通しだ。安価なロシア産天然ガスを活用して高成長を遂げてきたドイツ経済の競争力が大きく毀損する可能性が高まっている。欧州諸国のエネルギー危機対策は8550億ドルに上り、各国の財政を圧迫している。欧州のエネルギー安全保障は危うくなるばかりだ。ハーシュ氏の報道が契機となって、欧州諸国が独自路線に踏み出すことに期待したい。

(文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー)

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

1984年 通商産業省入省
1991年 ドイツ留学(JETRO研修生)
1996年 警察庁へ出向(岩手県警警務部長)
1998年 石油公団へ出向(備蓄計画課長、総務課長)
2003年 内閣官房へ出向(内閣情報調査室内閣参事官、内閣情報分析官)
2011年 公益財団法人世界平和研究所へ出向(主任研究員)
2016年 経済産業研究所上席研究員
2021年 現職
独立行政法人 経済産業研究所

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