日経平均株価の急落と直後の急騰を受け、投資家の間では狼狽が広まっているが、一部の経験豊富な投資家は7月に保有株式を売却して利益を確定させていたという声もみられる。今回の急落は予想できたのか。また、現在の乱高下に際し投資家はどのような行動を取るべきなのか。専門家の見解を交えて追ってみたい。
先週金曜(2日)の終値が前日比2216円63銭安の3万5909円70銭と、1987年10月20日のブラックマンデーに次ぐ歴代2番目に大きい下げ幅となった日経平均株価は、週明け月曜(5日)も下げ止まらず。終値は前週末比4451円28銭安の3万1458円42銭となり、ブラックマンデーを上回る過去最大の下げ幅を記録した。だが、その翌日の6日は急反発し、終値は前日比3217円04銭(10.2%)高の3万4675円46銭となり、過去最大の上げ幅となった。
今年に入り日経平均株価は乱高下を続けている。3月には4万円台に突入したが、4月には3万7000円台まで下落。その後は再び上昇局面に入り、先月(7月)11日には史上最高値となる4万2224円を記録。その後はじわじわと下がり、今月1日からは暴落とも呼べる局面に入り、史上最高値をつけてから約1カ月で1万円以上も下がる事態となっている。今年年初(1月4日)の3万3288円を下回っており、今年の値上がり分が帳消しになった格好だったが、再び急上昇している。
円キャリートレードの解消売り
ゴールドマン・サックス、ドイツ証券などの大手金融機関でプロップトレーダー(自己勘定トレーダー)を歴任し、現在もトレーダーとして活動する志摩力男氏はいう。
「下落の要因は大きくは2つで、一つは日銀の利上げ、もう一つは米国の景気後退懸念の高まりです」
下げの始まりの大きな引き金となったのが、日本銀行の国債買い入れ減額や政策金利の利上げなど金融引き締めへの政策転換だ。日銀は今年3月、物価が安定的に2%上昇する環境が見通せるようになったと判断し、金融政策決定会合でマイナス金利政策を解除して日銀当座預金に適用する金利を0.1%に引き上げ、政策金利である無担保コール翌日物レートを0%から0.1%程度で推移するようにすると決定。さらに7月31日には政策金利を0.25%に引き上げ、国債買い入れ額を現在の月6兆円程度から26年1~3月に同3兆円に減額する方針を決定した。
これに市場は大きく反応。米国の景気減速懸念や日米金利差縮小による円安ドル高の後退、それによる輸出企業の業績減速懸念などが加わり、今月1日から株価の急落が始まった。
「長きにわたり続いた日本の低金利を受けて、円を低金利で借りてドルに投資する円キャリー取引の量が増大していたが、7月後半に入ると日銀の再利上げ観測が強まり、日米金利差が縮小し、差損により円を買い戻す動きが広まった。これがさらなる円高を呼び、円安に基づき日本株取引を行っていたファンド・投資家の間で取引を手じまいする動きが出て、7月中旬頃からじわじわ株価が下がっていた。
そのようななか、7月31日に日銀が追加利上げと国債買い入れ減額を正式に決定して円高が進行する方向性が確定的になったことに加え、損失幅が一定の水準以上になると損切りしなければならないファンドなどが一斉に売り急いだことで、株価が暴落した面もある。だが過去最大の下落幅となるほど下がるというのは明らかに落ちすぎであり、『株価が割安になった今が買い時』と判断した投資家が一斉に買いに走り、6日は一転して急反発した」(証券会社社員)
前出・志摩氏はいう。
「河野発言後、ヘッジファンド勢が猛烈に円キャリートレードの解消売りを行いました。あまりにも大量に円買い戻しを行っていたので、『何か知っているのではないか』という疑念が湧きました。7月31日に日銀がサプライズの利上げを行ったので、そうした情報を掴んでいた、もしくは利上げすると分析していたのではないかと思います。そのとき、同時に日本株を売っていたとしても、不思議ではないと思います」
資産運用として投資を行う際にはレバレッジ取引はご法度
メガバンク系ファンドマネージャーはいう。
「日銀の植田和男総裁が先月31日の利上げ決定後の会見で年内の追加利上げを示唆したことが大きい。米国ではFRB(米連邦準備理事会)への利下げ圧力が強まっており、日米金利差の縮小が当初の市場の想定以上の速さで進み、円高が進行することで日本の輸出企業の業績が押し下げられるとの観測が広まった。
日銀の国債買い入れ減額も株価にはマイナス要因だ。日銀は先月31日、買い入れ額を現在の月6兆円程度から26年1~3月に同3兆円に減額する方針を決めたが、日本国債への信用の裏付けとなっている日銀による大量購入が後退すれば、格付けが引き下げられるリスクが高まり、日本企業はドル調達コスト上昇によって業績が押し下げられる。また、日銀の保有比率低下に伴い銀行のそれが高まり、さらに国債の金利が上がり価格が下がれば、銀行が含み損を抱えて業績が下押しされる。いずれも株価下落の圧力となってくる」
株価急落を受けて信用取引を行う個人投資家が証券会社から「追い証」を求められ、換金売りをするケースも相次いでいる。前出・志摩氏はいう。
「資産運用として投資を行う際には、レバレッジをかけるような取引はご法度です。株価下落時は株価が割安になって魅力的な買い場となりますが、信用取引をしていたせいで『追い証』を求められ株を売らなければならなくなるというのは、投資の原則に反しています」
証券会社社員はいう。
「米国の直近の雇用統計やPMI(米製造業購買担当者景況指数)が不調で、景気後退期入りを示すとされる逆イールド(米国債で2年債の利回りが10年債の利回りを上回る現象)の解消が生じるなど、米国の景気が減退する兆候が濃いのは事実。だが、円安がなくても日本企業の業績は概ね堅調であり、TOPIXの12カ月先予想PER(株価収益率)は目安となる12倍を割っているので、中期的には徐々に株価は回復していくと予想され、あまり悲観的になる必要はない。換金売りや損失確定売りなどが必要のない人は、株価が暴落している今の時点で売って損を出す必要はないといえる」
今後の株価動向、米国経済を注視
混乱が広がるなか、一部の投資家は株価急落を見越して7月時点で保有株式を売却して利益を確定させていたという。前出・志摩氏はいう。
「7月時点で今の下落を予想できたかといわれれば、確かに株価は割高ではあったものの、予想は難しかったとは思います。ただ、7月の第3週の外国人投資家の日本の現物株と先物合計の売買は8110億円の売り越し、第4週は1兆5674億円の売り越しとなっており、かなり売っていました。その意味では、外国人は暴落の前に売っていたということになります。
外国人が売っていた理由は、米国経済減速の兆候が顕著になり、AI関連株の動きも怪しくなり始めたことでした。日本の日経平均株価は米国のIT関連株との連動性が高く、AIブームの終わりに際し、外国人投資家は日本のIT関連株の選別を始めました。例えば東京エレクトロンなどは少し前から下がり始めていました。AIブームにつられて日本のIT関連企業の株も上がっていましたが、同じAI関連企業でも中心にいる台湾TSMCや蘭ASML、米エヌビディアなどと異なり、日本企業は“周辺”企業なので、AIブームへの期待が剥がれたのに伴い、日本のIT関連株が落ち始めたと考えられます。
これまで日本株が上がっていた理由は大きくは3つで、著名投資家のウォーレン・バフェット氏が日本株は割安だと推奨し始めた“バフェット効果”、東京証券取引所がPBR(株価純資産倍率)が1倍を下回る上場企業に対して株価水準引き上げの具体策の開示を求めた東証改革、そして前述したAIブームです。もともと外国人投資家の間では、日本企業の成長期待は低いにもかかわらず株価が割高すぎるという懐疑的な見方もあったなかで、この3点セットが同時に崩れたことが、株価暴落の要因だと考えられます」
6日には急反発した株価は、このまま再び上昇トレンドを描くのだろうか。
「読めない部分が多いのでなんともいえないが、米国の景気減速懸念はいまだに強く、それが重しになってくるので、再び日経平均株価が過去最高を更新するような水準まで、すぐに戻るという可能性は低いのでは。今月には米国の重要指数である個人消費支出物価指数の発表などもあり、当面は米国の各種経済指標の発表とFRBの反応に振り回される状況が続くかもしれない」(メガバンク系ファンドマネージャー)
(文=Business Journal編集部、協力=志摩力男/トレーダー)