「運転開始から40年」という原子力発電所の“運転制限原則”は、法改正からわずか3年足らずで早くも瓦解するのか――。
原子力規制委員会は先週4月2日、関西電力の高浜原子力発電所1、2号機と美浜原発3号機の新規制基準への適合性審査に着手した。3基は運転開始から39年以上が経過した老朽原発で、そろって20年の運転延長を目指している。
関西電力は2015年3月期まで4期連続で営業赤字を計上した模様で、先に新規制基準の適合証明を得た高浜3、4号機の再稼働と電気料金の引き上げに加えて、今回の3基を戦列に復帰させることで経営を立て直したい考え。ただ、3基の再稼働は、福島第一原発事故後に原則40年に制限された原発の運転を延長する前例となるだけでなく、新規制基準の適合性審査を待つ被災地の原発の運転再開を遅れさせて、電気料金の高止まり解消を難しくするといった問題もある。善しあしは別として、波紋が広がっているのが実情だ。
進まない値上げ審査
昨年12月24日は、関西電力にとって苦いクリスマス・イブだった。未定としていた原発の再稼働が時間切れで絶望的となり、15年3月期の連結最終損益が1260億円の赤字と、4期連続の赤字になるという決算予想修正を余儀なくされたからだ。
関西電力の八木誠社長は同日、資源エネルギー庁に上田隆之長官を訪ね、今年4月から家庭向けの電気料金を平均10.23%引き上げるための申請書を提出した。標準家庭のモデル料金でみると1カ月当たり約744円の引き上げになるという。政府の認可が要らない企業向けも13.93%値上げする方針だった。東日本大震災後、毎月の燃料費調整以外の値上げが13年春に続き2度目という異常事態である。同社は、高浜原発3、4号機の再稼働を15年11月と想定。すでに巨額の内部留保を取り崩しており、財務体質の改善のため値上げはやむを得ないという。
福島第一原発事故の影響で、電力会社といえば悪者だというイメージが定着してしまっただけに、値上げ実現のため、関西電力は同社なりに企業努力をアピールした。その第一は、3年連続になる夏のボーナスの見送りだ。先月、労働組合との間で、今夏のボーナス支給見送りと併せて、基準賃金の5%カットの継続、住宅手当の支給取りやめなどに合意した。社員の平均年収は30万円程度減る見通しになった。ほかにも、15年度の経費削減額を当初計画より477億円増やして2832億円にすることや、株式と不動産を合わせて200億円規模で売却する案を打ち出した。
しかし、経済産業省の値上げ審査はなかなか進まなかった。1人当たり平均1800万円という役員報酬と7人合計で4000万円という顧問料の削減に、関西電力が応じなかったことが原因とされる。今も、その冷徹な査定は継続中だ。値上げのめどはついておらず、実現は6月以降にずれ込みかねない。
もともと電力会社の中で電源に占める原発の割合が突出している関西電力にとって、原発の運転停止は死活問題だ。代替の火力発電所で必要な化石燃料のコストが膨らみ、その調達コストが経営を強く圧迫するからだ。同社は全部で11基の原発を保有していたが、その中では最も運転年数の若い大飯3、4号機について、福井地裁が昨年5月、再稼働を認めない判決を下した。同社は名古屋高裁に控訴しているものの、先行きは不透明。逆に、最も老朽化した美浜1、2号機は廃炉を決定し、その方針を経産省に報告している。一方、高浜3、4号機はすでに新規制基準の適合性審査をパスしており、早ければ11月にも再稼働したい考えだ。今回の3基が稼働すれば、採算が1500億円程度改善するという。
運転制限原則の形骸化
だが、事は関西電力の懐事情にとどまらない。
原発の40年という運転制限原則は、福島第一原発事故発生の翌年に当たる12年6月の法整備で導入されたものだ。当時は民主党政権で、「原子炉等規制法」改正により原則として原発の運転期間を運転開始から40年に制限する一方で、設置法によって新設が決まった原子力規制委員会の認可を得れば1回(20年)の延長ができるという例外規定を設けた。脱原発依存路線を法的に担保することで、原発に対する国民の不安を和らげる狙いが込められていた。自民党の法制反対を抑えるために盛り込まれた例外規定だったが、原則の形骸化が進むことの影響は決して小さくない。
田中俊一現原子力規制委員会委員長も12年8月、衆参両院の議院運営委員会で、それぞれ所信を表明。「40年運転制限制は、古い原子力発電所の安全性を確保するために必要な制度だと思います。法律の趣旨を考えても、40年を超えた原発は厳格にチェックし、要件を満たさなければ運転させないという姿勢で臨むべきです」と厳しい考えを明確にしていた。
被災地の電気料金の高止まり解消に遅れ
そして、もう一つ。東日本各地の電力会社は、関西電力が事後的に老朽原発3基の再稼働方針を打ち出したことを複雑な思いで眺めている。
というのは、東日本各地の電力会社は、福島第一原発と基本構造が同じBWR(沸騰水型)原発を保有しているからだ。旧原子力委員会時代から、九州電力の川内原発、関西電力の高浜原発、四国電力の伊方原発などPWR(加圧水型)原発が優先的な再稼働対象として扱われる中で、BWRは常に後回しにされてきた経緯がある。
東日本大震災で被災しながら、これといった事故を起こさなかった女川、東通両原発を保有する東北電力にも、こうした扱いが理不尽なものと映っていなかったとは考えにくい。被災地では、原発に比べて耐震、津波対策がぜい弱な火力発電所の被害が甚大だったにもかかわらず、原発が再稼働できなかったために、供給力の不足と発電コストの高騰に悩まされ続けてきた現実があるからである。
このうち女川原発2号機は、13年12月に新規制基準の適合性審査を申請しており、翌年1月から月1~2回ペースで原子力規制委員会のヒアリングを受けているが、いまだに審査終了のメドは立っていない。今回の関西電力の3基の駆け込み審査で原子力規制委員会の担当官らが多忙を極めることになり、女川原発の再稼働が1年から1年半程度遅れることが確実視されている。その分だけ、被災地の電気料金の高止まりの解消が遅れるのである。なぜ、このような理不尽がまかり通るのだろうか。
また、東日本大震災当時、建設中だった青森県の大間原発は、国の原子力政策変更に伴う原子炉の構造見直しや、保有会社である電源開発(Jパワー)の民営化などに振り回されてきた。地元の大間町議会が誘致を決議してから31年目に突入したというのに、いまだに試運転開始もメドが立っていない。そこに今回の遅れが加わり、大間原発の運転開始は早くても5年先の20年以降とみられている。31年前に入社した社員たちも、すぐそこに定年が迫っており、民間企業の事業としての存続が問われている状況といってよいだろう。
こうした審査の遅延は、設立からまだ2年半しか立っていない原子力規制委員会の体制の問題であり、誰かが責めを負うべき問題ではないのだろう。とはいえ、老朽原発が運転延長を目指す影響は計り知れないことも、また否定のできない事実なのである。
(文=町田徹/経済ジャーナリスト)