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篠崎靖男「世界を渡り歩いた指揮者の目」

『サザエさん』からジャニーズまで…多彩すぎる筒美京平さんの楽曲、驚愕の仕掛けを分析

文=篠崎靖男/指揮者
『サザエさん』からジャニーズまで…多彩すぎる筒美京平さんの楽曲、驚愕の仕掛けを分析の画像1
「Getty Images」より

 日本歌謡界の大作曲家、筒美京平さんが80歳で亡くなられました。あまり表舞台に登場したがらない方だったそうで、僕はお顔すらもわかりませんが、尾崎紀世彦の『また逢う日まで』、ジュディオングの『魅せられて』が日本レコード大賞を受賞しただけでなく、1980年代には近藤真彦の『ぎんぎらぎんにさりげなく』を皮切りに、ジャニーズのタレントにもたくさんのヒット曲を提供された作曲家であることは存じていました。

 あらためて筒美さんが作曲された曲を調べてみると、途中で数を数えるのを止めてしまうほど膨大な量です。作曲者としての総売り上げは7560万枚。2位の小室哲哉さんの7185万枚もすごいですが、それを押さえて堂々の第1位です。青山学院大学の後輩で大ヒットメーカー・サザンオールスターズの桑田佳祐でも約半分の3902万枚なので、そのすごさがわかります。

 筒美さんの最初の大ヒット曲は、1968年にリリースし初めてオリコン1位を獲得した、いしだあゆみの『ブルー・ライト・ヨコハマ』でしょう。日本レコード大賞の作曲賞も受賞した出世作です。久しぶりに聴いてみると、やはり良い曲です。若い女性が、恋人と時間を忘れて横浜の夜の街を歩いている話ですが、青山学院高等部からの親友で、大学時代は一緒にバンドを組んで演奏していた仲間の与田凖介さんが、恋する若い女性のたわいもない心の言葉を歌詞にして、筒美さんの音楽が見事に演出しています。

 そんな『ブルー・ライト・ヨコハマ』は、たとえばサザンオールスターズの歌のように音域が広くて歌いづらいということはありませんが、素人がカラオケで歌うとなんだかさまにならないでしょう。筒美さんの楽曲は、実はリズムが複雑なのです。リズムを目まぐるしく変えることにより、聴き手の耳をリズム変化についていけるギリギリのところまで集中させて、もう無理なところで急に単純なリズムの音符を並べて、そこに一番印象深い歌詞を当てはめています。聴き手にとっては、緊張していたままの神経に、単純なリズムが入ってくるわけですから、いつも以上にダイレクトに言葉が入ってくることになります。すごい手法です。

 もうひとつの特徴は、『また逢う日まで』や『魅せられて』のように、歌手にはまるでオペラ歌手のように朗々と歌わせておいて、伴奏はたくさんの音で心の中身を演奏させます。『また逢う日まで』の尾崎紀世彦の歌唱は、まるでイタリアのオペラ作曲家ヴェルディのバリトンソロのようですが、伴奏は反対に16ビートの目まぐるしい音楽です。通常ならば、聴き手は混乱するばかりのはずですが、ここに筒美さんのものすごい才能があって、ギリギリのところで留める絶妙のさじ加減により、聴き手の集中を離れなくさせています。こんな部分も、イタリアの作曲家ヴェルディの、特に後半生の大傑作と同じです。

『ブルー・ライト・ヨコハマ』と『サザエさん』の共通点

 ところで『ブルー・ライト・ヨコハマ』をあらためて聴いてみたところ、「よく似ている曲があるな」と気づきました。しかし、あまりにもイメージが違いすぎるので気のせいかと思ったのですが、筒美さんも作品リストを見て驚きました。

 それは、今も毎週日曜日18時30分から放送されている長寿アニメ番組『サザエさん』(フジテレビ系)の主題歌とエンディングの歌です。まさかと思われるかもしれませんが、調べてみると、サザエさんの曲は『ブルー・ライト・ヨコハマ』の翌年に筒美さんが作曲したのです。

「月の明かりがとてもきれいねヨコハマ ブルーライトヨコーハマー」

「おさかなくわえたドラネコ おーおっかけってー」

 両方の曲ともに前半部分は8分音符だけでできており、小さな音程の動きで、歌っているというよりも淡々と話をしているようです。そして後半になると、リズムの大きな変化があります。長い2つの4分音符で聴き手の注意を引くやいなや、すぐにシンコペーションを使って変化をつけて、ますますのめり込ませるのです。たった数秒間でこんなことをしてしまう。しかも、後半のリズムは、歌詞の言葉数による違いはありますが、『ブルー・ライト・ヨコハマ』も『サザエさん』も基本は同じリズム形です。

 前半は状況を淡々と説明しておきながら、『ブルー・ライト・ヨコハマ』という言葉ひとつで女性のロマンティックな気持ちを表したり、「おーおっかけってー」という、サザエさんのコミカルな性格を表現したりして、あっという間に聴き手の心を掴んでしまいます。そこには、リズムひとつでも、さまざまな表現できた筒美さんの才能があります。

 ところで、僕が「追っかけて」と書かずに、「おーおっかけってー」と書いたのには意味があります。この「かけって」にある文字的には要らない「っ」が実はとても大切で、この「っ」を表すためにシンコペーションのリズムを使っているのです。慌て者のサザエさんが、ドラネコを素足で追っかけていくというおかしい状況を、この「っ」という不自然な音を入れることでイメージさせているのです。もしかしたら、「かけっこ」という言葉のリズムを連想させるためだったのかもしれません。

『木綿のハンカチーフ』に隠された仕掛け

 すごい作曲家だと思います。もちろん、すべての曲が同じというわけではなく、桑名正博の『セクシャルバイオレットNo.1』やKinki Kidsの『やめないで、PURE』など、多彩な作品を世に出されました。そんななかでも、太田裕美の『木綿のハンカチーフ』が僕は一番好きです。都会に行ってしまった恋人を田舎で待つ女性が、都会でどんどん変わっていく恋人に戸惑っていく歌です。

 歌詞の内容は、恋人が都会で手に入れることができるプレゼントを、いくら薦めてくれても、「いいえあなた、わたし、贈り物はいらない。ただ、都会の絵具に染まらないで帰って」と返事をするのです。それが、歌詞の4番になって、もう気持ちがなくなってしまった男性に、女性は初めてプレゼントをお願いします。それがタイトルの「木綿のハンカチ」なのです。

 都会でいくらでも買えるブランド物ではなく木綿のハンカチを、涙を拭くために買ってほしいというのです。最後の最後になって曲のタイトルの意味がわかるという曲ですが、ここにも筒美さんのすごい仕掛けが隠されています。

 太田裕美がひとりで男役と女役を歌いますが、男役のほうはフレーズに切れ目ができないように、メロディーの最後を伸ばして次へつなげるにもかかわらず、女役はなぜかたどたどしく途切れさせています。聴き手にとっては、最初はその理由がよくわからず、少し気になりながらも、どちらも同じような音域のメロディーなのでお似合いなカップルだと思わされます。ところが、都会での成功を自慢するかのような男性と、それに戸惑う女性の姿に、あとになって気づかされるのです。

 タイトルだけでなく、そのメロディーでも最後に答えを深く理解させる筒美京平さん。天才作詞家、松本隆さんとの素晴らしいコラボレーションから生まれた大名作だと思います。

(文=篠崎靖男/指揮者)

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

 桐朋学園大学卒業。1993年ペドロッティ国際指揮者コンクール最高位。ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクールで第2位を受賞し、ヘルシンキ・フィルを指揮してヨーロッパにデビュー。 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後ロンドンに本拠を移し、ロンドン・フィル、BBCフィル、フランクフルト放送響、ボーンマス響、フィンランド放送響、スウェーデン放送響、ドイツ・マグデブルク・フィル、南アフリカ共和国のKZNフィル、ヨハネスブルグ・フィル、ケープタウン・フィルなど、日本国内はもとより各国の主要オーケストラを指揮。2007年から2014年7月に勇退するまで7年半、フィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者としてオーケストラの目覚しい発展を支え、2014年9月から2018年3月まで静岡響のミュージック・アドバイザーと常任指揮者を務めるなど、国内外で活躍を続けている。現在、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師(指揮専攻)として後進の指導に当たっている。エガミ・アートオフィス所属

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