クラシックはジャズやポップスより演奏が楽?意外と知らない楽譜の違い、それぞれの難しさ
関ジャニ∞の音楽バラエティ番組『関ジャム 完全燃SHOW』(テレビ朝日系)で、クラシック界から清塚信也さん、ジャズ界から山中千尋さん、ポップス界からは紺野紗衣さんという、各分野のトップピアニストがゲスト出演した回がありました。本放送は2年前で、それを最近見たのですが、彼らが実際に演奏しながら、クラシック、ジャズ、ポップスの楽譜の違いを説明する内容です。
クラシックの楽譜を見慣れている僕としては、同じ音楽とはいえ他分野の楽譜を初めて見比べて、驚くしかありませんでした。クラシックの楽譜には、すべて演奏する音が書かれているだけでなく、音の強弱やテンポの揺れまで細かく楽譜に指定されています。一方、ジャズやポップスの楽譜は、シンプルそのもの。基本的なメロディとコード名しかありません。それを、その時の状況や雰囲気によって即興的に変化させていくそうで、僕もそれとなく知っていたとはいえ、驚愕の世界です。
しかも、同じ楽曲であっても、ジャズやポップスは一緒に演奏する相手によって演奏を変えるそうです。たとえばジャズピアニストがビッグバンドと共演するのと、トリオのような少人数で奏でるのとでは、演奏を臨機応変に変えるそうです。具体的には、ビッグバンドと共演する場合はピアノを目立たせるために、音を増やしてきらびやかな演奏をしますが、少人数のトリオの場合は、他のメンバーも自由に即興をするために、音は少なめにしてメンバーも目立たせるようにするそうです。これには、またまた驚きました。
ジャズのピアノとビッグバンドとの共演をクラシックに置き換えてみると、ピアノとオーケストラが共演するピアノ協奏曲でしょう。ピアノ協奏曲では、ピアニストは60~70名のオーケストラを相手にするので、作曲家はたくさんのきらびやかな音を書いてピアノを目立たせ、しかもオーケストラに負けないような大音量になるように作曲します。即興か、作曲家の創作かの違いはありますが、基本的なコンセプトは同じです。そして、ジャズトリオにあたるクラシックの室内楽では、ピアノパートはほかの楽器にも花を持たすためにシンプルな音符で書かれており、しかも大きな音を出す必要がないので、繊細なタッチが求められていることもジャズと同じです。
ところで、本場アメリカのジャズ教育の最高峰、バークリー音楽大学を首席で卒業後、現在、ジャズ界を引っ張る存在でもある山中千尋さんによれば、録音セッションは2度ほど弾いて終わるそうです。毎回、即興を加えて違う演奏するので、録り直しができないこともありますが、彼女の言葉では「3度目には旬がすたる」とのこと。つまり、新鮮なインスピレーションが出てくるのは2回目くらいまでということなのでしょう。言い方を変えれば、たった1、2回で結果を出さなくてはならないので大変な世界です。
クラシックならではの大変さ
ここまで読まれた皆様は、「クラシックの場合は、楽譜にすべて書かれているので、その場の雰囲気で即興をしなくてはならないジャズやポップスに比べて楽そうだ」と思われるかもしれません。しかし、それに対する答えはイエスでもありノーでもあります。
ベートーヴェンを例にとれば、当時の演奏のスタイルやベートーヴェンの個性まで読み取る作業が大変です。曲に残された情報は200年前に書かれた楽譜しかありません。しかも、すでに作曲家は死んでいるので、直接尋ねることもできず、音ひとつ間違えれば、ベートーヴェンの書き残したものではない音を鳴らすことになります。
もちろんクラシック演奏家も人間ですから、当然、間違えることもありますが、やはり間違いは間違いです。しかも、作曲家がものすごく難しい音符を書いていることも多く、演奏者にとって苦手な奏法が必要であっても、一音たりとも勝手に変えることはできません。たった数小節を完璧に弾くことができずに、1カ月以上も練習して苦しんだ経験は、ほとんどのクラシック演奏家にあると思います。
そんなわけで、クラシック音楽の録音の現場では、ひとつでも音を間違えると何度も何度も、同じ場所を録り直すことになります。そして、編集の時につなぎ合わせるのです。かといって、「何度も録り直しができるので、間違えても大丈夫」というわけではありません。録音セッションの時間も限られていますし、オーケストラの録音の場合などは、奏者のプレッシャーは大変なものとなります。
たとえば、オーケストラ全体がなかなか完璧に演奏できないような難しい場所を何度も録り直すこととなり、100人近いメンバーがみんなうんざりすることもよくあります。そんななか、やっと最高の出来栄えの演奏ができたにもかかわらず、たったひとりの奏者のうっかりミスのおかげで、再度やり直しとなることもあります。ミスを犯した奏者は、多くの楽員の冷たい視線を浴びることになりますし、それこそ「穴があったら入りたい」気持ちでしょう。
しかし、仮に幸運にも録音中のミスに誰も気づかず、本人も黙っていたとしても、大概のクラシックの楽曲はリスナーも聴き慣れた有名なものが多いので、熱心なリスナーのなかには間違いに気づく人も出てきます。皮肉なことに、そのCDが世界的なヒット商品となってしまったら、全世界にミスが知れ渡ってしまいます。さらに、クラシックCDはロングセラーとなることが多いので、そのミスが世界的に有名になってしまうということもしばしばあるのです。
(文=篠崎靖男/指揮者)