NHK大河ドラマ『いだてん』の第8話が24日に放送され、平均視聴率は前回から0.2ポイント減の9.3%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)だったことがわかった。「『いだてん』の視聴率が悪い」という記事はインターネット上に腐るほどあるので、本記事ではそこには触れない。
ただ、あまりにも視聴率ばかりを取り上げる記事が量産されたことへの反動として、最近は「『いだてん』はよくつくられたドラマだ」と擁護する記事がちらほらと見られるようになった。ここまでは基本的に『いだてん』擁護派である筆者としては、いい傾向だと思っている。
もちろん、人の受け止め方はそれぞれであるため、『いだてん』のノリが合わない人もいるだろう。だから、「『いだてん』は最高だ」「それがわからないやつはバカだ」などと言うつもりはない。だが、脚本・演出ともに“見る人を選ぶ”タイプの作品であるだけに、ハマる人にはズドンとハマるはずだ。だから、とりあえず何回か続けて視聴してみてほしい。「おもしろいかも」と思えば見ればいいし、「ノリが寒いしつまらない」と感じれば無理して見なければよいのだ。
さて、第8話の話に移ろう。結論から言うと、第8話はここまでの伏線を一気に回収するとともに、感動的な台詞や場面をこれでもかと詰め込んだ展開で、視聴者から「神回」「ここまで視聴した人へのご褒美回」と絶賛を集めた。「とりあえず何回か見てほしい」と書いたばかりでそれを覆すようだが、この先しばらくはこれほどの神回はなさそうだ、という気さえする。
第8話の感動展開を挙げればキリがないが、なかでも視聴者の涙を誘ったのは、春野スヤ(綾瀬はるか)の嫁入りシーンと、弥彦の母・三島和歌子(白石加代子)による涙の見送りシーンだ。
詳細は省略するが、四三がオリンピックの渡航費1800円を調達できたのは、幼なじみである春野スヤのおかげだった。四三はスヤと自転車節を歌いながら山道を駆けた懐かしい日を思い出し、壮行会で自転車節を熱唱する。四三が調子っぱずれの歌で盛り上がっている頃、熊本ではスヤの嫁入りが行われていた。
花嫁衣装をまとったスヤが通るのは、あの日2人で走った山道。凛々しく前を見つめながら時折寂しげな表情を浮かべるスヤを、夕陽がまばゆく照らし出す。美しい映像に、四三の心情を代弁するかのような自転車節の歌詞が重なる「逢いたかばってん逢われんたい たった一目で良かばってん」――。四三とスヤが後に結ばれることは公式にネタバレされているとはいえ、淡い恋心を互いに抱いていた2人が別々の道に進む様子は切なく、見る者の胸を締め付ける。
史実では四三とスヤは結婚前に出会っていなかったらしいが、脚本の宮藤官九郎は「幼なじみだった」という設定にして、オリンピック渡航費の調達に絡めるとともに「めでたさの裏にある切なさ」を描く伏線にしたわけだ。プロットの組み立て方が本当にうまいと思う。
一方、三島和歌子による涙の見送りシーンは、超ベタであった。厳格な和歌子は、スポーツにうつつを抜かす弥彦を「三島家の恥だ」と切り捨て、オリンピックなどに行こうものなら「親子の縁を切りもす」とまで言っていた。弥彦も母を恐れ、「言ってもわかってもらえない」とあきらめていた。
ところが、弥彦の乗った列車が駅を発とうとするまさにその時、ホームに和歌子が現れる。列車に駆け寄った和歌子は号泣しながら「おまんさぁは三島家ん誇りなんじゃから」と弥彦を激励し、自ら手縫いした日の丸のユニフォームを彼に手渡した。列車は動き出す。「弥彦、弥彦」と叫びながら列車を追う和歌子。母に認められたうれしさを隠せず、笑顔で車窓からユニフォームを掲げる弥彦。そんな2人を見てもらい泣きする四三。要は、「子どもに厳しいことばかり言っていた親が、最後の最後には子どもの夢を応援する」という、ドラマにありがちな展開である。
だから、このシーンに特にひねりはない。だが、和歌子役の白石加代子がこれまでさんざん恐ろしげな豪傑ぶりを見せてくれただけに、「本当は息子思いの優しい母だった」というベタな展開が涙腺を刺激するのである。ネット上には「めちゃくちゃ泣いた」「なんでも手に入る弥彦が唯一持っていなかった母の愛情を受け取るという展開が最高」「白石加代子の演技がえげつない」といった感想が続々と書き込まれた。
凝ったプロットで視聴者を泣かせたかと思えば、ベタな展開でも役者の演技の積み重ねで泣かせる『いだてん』。これがドラマとしておもしろくないとしたら、何がおもしろいのか、と個人的には思う。
(文=吉川織部/ドラマウォッチャー)