金の力が欧州クラブを席巻! 世界サッカーの最新経営術
輝くか?(「wikipedia」より)
「俺は死力を尽くしてプレーしているんだ。プロ選手は対価をもらって当然だろ? 別に金に汚いわけではないさ」
カメルーン代表で世界有数のFWの一人、サムエル・エトーはかつて、「プロとは?」という私の問いに対し、鼻を鳴らしてそう答えていた。その後、エトーは彼なりの“プロの流儀”を見せている。名門インテルで欧州最高峰の舞台に立っていたにもかかわらず、年俸22億円を提示したロシアリーグのアンジ・マハチカラに移籍したのだ。
アンジはサッカークラブとしての知名度は低い。UEFAチャンピオンズリーグに出場したことがないどころか、2008年までは2部のクラブだった。11年に富豪投資家スレイマン・ケリモフ(天然ガス会社や有力銀行株の売買などで、記録的な富を得た)が会長に就任してから、金に糸目を付けないチーム作りを展開。監督に元韓国代表監督のフース・ヒディングを招聘し、ロベルト・カルロスのような往年のスターだけでなく、ロシア代表ユーリ・ジルコフを獲得するなど大金をちらつかせて強化に乗り出した。
では、エトーは“銭次第で動くスポーツ選手”の典型だろうか。
しかし、彼の行為は不道徳などという言葉では片付けられない。
プロのスポーツ選手は、ピッチで力を発揮するためのエネルギーの源泉を求めている。高いサラリーはその一つ。高給をもらっていることは、それだけの責任であり、湧き出す力にもなる。金の力は魔物なのだ。
2011−12シーズン、欧州を制したチェルシーFCは、純資産だけで推定1兆5000億円以上の大金持ちロマン・アブラモビッチが会長を務めている。03年にチェルシーの会長に就任したアブラモビッチは、当時クラブが抱えていた200億円近い借金を“一回払い”で完済。FCポルトを欧州の頂点に立たせたばかりのジョゼ・モウリーニョ監督を招聘し、次々に有力選手をポケットマネーで買いあさった。
こうした金満クラブの政策に、「札束でケツを叩くだけで強くはならない」と多くのサッカーファンは反発していた。
しかし、アブラモビッチが会長に就任して以来、プレミアリーグ3度優勝、FAカップ4度優勝などクラブは隆盛を極めようとしている。かつて、あるロシア人エージェントは「アブラモビッチは相当危ない橋を渡っている。暗殺されないための表の顔として、サッカークラブの会長を派手にやっているんだ」とうそぶいていたものだが、どんな理由であれ、マネーパワーの威力は凄まじい。
2011−12シーズンは、金の力が欧州サッカー界を席巻した。
英国のプレミアリーグを制覇したマンチェスター・シティは、UAEの資産家、アル・ムバラクが会長に就任してから急激に力をつけている。選手の平均年俸は破格の約6億円と、陣容は豪華絢爛。メンバー25人のサラリーを合計すれば150億円にのぼる。ちなみにJ1トップクラブの合計サラリーは6〜7億円。マンチェスター・シティの一人分の平均年俸で、Jのトップクラブを丸々一つまかなえてしまう。
そしてプレミアだけでなく、スペインのリーガエスパニョーラでもカタール王族のアル・タニがマラガCFを買収して会長に就任するや、クラブ史上初のチャンピオンズリーグ出場権を獲得した。フランスのリーガ・アンでもカタールの王位継承者がPSGを買収後、唸る札束攻勢でスター選手を買い取り、名門復活に着手している。また、ベラルーシやアゼルバイジャンなど小国でも、オイルマネーを味方にしたチームが瞠目に値する動きを見せつつある。
「神聖なるサッカークラブが、金持ちのおもちゃに成り果てようとしている」とファンの嘆きが聞こえてきそうだ。
しかし冒頭に記したように、高額なサラリーが選手たちのガソリンにもなっていることも事実。地位や名声は、勝つことで付いてくる。金満のイメージは、勝てば人々の記憶から払拭されていくもの。実際、チェルシーはメガクラブの一つとして認識されつつあり、「金に物を言わせて」という印象は薄れた。
ただ、金による結びつきは決して強くはない。金に目の眩んだ選手は、条件次第で傭兵のようにクラブを鞍替えをする。しかも、そのクラブのファンであれば、チームが強くなることは魅力のはずだが、第三者から見た場合、浪漫に欠ける。チームとしての力を結集し、強者を挫く。ここにフットボールゲームの醍醐味はあるのだ。
そこで次回連載コラムでは、金ではなく「人を柱に戦う者たち」について記したい。
(文=小宮良之)