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稲田俊輔「外食のディテール」

衝撃の新作ポトフ、サイゼリヤが愛食家たちから絶賛浴びる啓蒙路線の神髄をみる

文=稲田俊輔/飲食店プロデューサー、料理人、ナチュラルボーン食いしん坊
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「サイゼリヤ HP」より

 ポトフというと、どういう料理を思い浮かべますか? おそらくほとんどの日本人が思い浮かべるのは、キャベツを中心とした数種の野菜がソーセージやベーコンと共にコンソメスープで煮込まれた、具だくさんのスープのような料理ではないでしょうか。ところが実はこれは、1980年代後半以降に急速に広まった、日本ならではのスタイルのポトフなのです。

 ポトフの本国フランスにおいて、それはあくまで肉が主体の煮込み料理。塊りの牛肉や骨髄を水から長時間かけて煮込み、そのスープで付け合わせの野菜も一緒に煮ます。ソーセージなどは通常入りません。キャベツは入ることもありますがメインではありません。興味のある方は画像検索でフランス語の「pot-au-feu」とカタカナの「ポトフ」をそれぞれ調べてみてください。それぞれ、まったく異なるビジュアルの料理で画面が埋め尽くされるはずです。なぜ日本だけであのようなポトフが発明され、そして広まったかについては、これはこれで掘り下げていくとたいへん面白いのですが、ここでは省略します。

サイゼリヤの「原理主義ポトフ」

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人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本 (稲田 俊輔/扶桑社新書)

 2019年12月、サイゼリヤの冬季季節メニューとして「やわらかお肉とごろごろ野菜のポトフ」が登場しました。899円というサイゼリヤにしてはなかなか強気の価格だったことも驚きでしたが、さらに衝撃的だったことがあります。このポトフ、日本人が慣れ親しんだキャベツとソーセージのコンソメスープ煮タイプのそれではなく、伝統的なフランス風を彷彿させる、いうなれば「原理主義ポトフ」だったのです。

 ネット上では「イタリアンを標榜しているのにフランスのポトフ?」という意地の悪い指摘もありましたが、この指摘はむしろ的外れ。このような煮込み料理はヨーロッパ各地に存在します。もちろんイタリアにおいても例外ではなく「ボッリート」と呼ばれる料理がこれにあたります。サイゼリヤの開発陣が知らないはずもないでしょう。料理そのものは原理主義に徹しつつ、ネーミングはわかりやすさ優先で一歩譲歩、というわけです。

 そのかわり、フランス式のポトフであれば必ずイエローマスタードが添えられるところを、にんにくとオリーブオイルのペーストに置き換えて、ぐっとイタリアに引き寄せるという粋なアレンジが施されています。

サイゼリヤならではの啓蒙路線

 とにかく重要なのは、日本人が慣れ親しんだスタイルをあえて避け、あくまで本場志向を貫こうという姿勢の部分です。サイゼリヤは近年、特にこの傾向を強くしています。

 その始まりは、数年前に登場したパスタの「アマトリチャーナビアンコ」でしょう。日本人にとってアマトリチャーナといえばトマトソースが当たり前であるところに、それよりも歴史の古い伝統的なスタイルとして、トマトの入らない「ビアンコ」をオンメニューしました。

 このメニューは残念ながら現在のメニューからは消えていますが、現在はこれまた日本人の常識に真っ向から挑むかのように「ジェノベーゼ」がオンメニューされています。日本人にとってジェノベーゼといえば緑色のバジルソースで和えられたロングパスタ。しかし実はこれをジェノベーゼと呼ぶのはほぼ日本人だけなのです。サイゼリヤのジェノベーゼは本場ナポリのスタイルを踏襲した、牛肉と玉ねぎの煮込みソースに筒状のショートパスタを合わせたものとなっています。

 2019年春夏の季節メニューだった「レンズ豆とスペルト小麦のミネストローネ」も同様の狙いを持ったメニューでした。日本人にとってミネストローネといえば、これもまたトマト味。しかし、イタリア古典料理の世界ではトマトが入らない物がむしろ本流。パスタが一般に広まるよりさらに昔、小麦が実の形のまま粒状食としても食べられていた時代から連綿と続く由緒正しい料理です。

 今回の「やわらかお肉とごろごろ野菜のポトフ」は、こういった一連の啓蒙路線のひとつの到達点ともいえるものだと思います。実はサイゼリヤでは、昨年までもほぼ毎年、季節メニューとしてポトフを提供していました。去年までのそれは、キャベツ主体でソーセージやパンチェッタが入った典型的な「日本式ポトフ」。消費者のイメージを裏切らない安心感のある定番料理を適正な価格で提供する、というファミリーレストラン的な役割をまっとうするだけなら、別にそのままでも良かったわけです。

 しかしサイゼリヤは今回、毎年恒例の人気メニューを取り下げ、大幅な値上げまでして新しい「原理主義ポトフ」を投入したということになります。そこには相当強い意志が働いているのは間違いありません。

 サイゼリヤのこの日本人の常識に挑むかのような啓蒙路線、ある種の「逆張り」としての痛快さがあります。私が密かに「フードサイコパス」と呼んでいる、食べ物や食文化に対して人一倍強い関心と執着を寄せている一部の層は、こぞってこの路線を絶賛しています。この情熱と熱狂は果たして今後、サイゼリヤを利用する大勢の一般層に対してもリーチしていくのでしょうか。そして、今回のポトフの実際のお味はいかに? そのあたりは次回「実食編」にて。

(文=稲田俊輔/飲食店プロデューサー、料理人、ナチュラルボーン食いしん坊)

稲田俊輔/「エリックサウス」総料理長

稲田俊輔/「エリックサウス」総料理長

料理人・飲食店プロデューサー。鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、飲料メーカー勤務を経て円相フードサービスの設立に参加。和食、ビストロ、インド料理など、幅広いジャンルの飲食店の展開に尽力する。2011年、東京駅八重洲地下街に南インド料理店「エリックサウス」を開店。現在は全店のメニュー監修やレシピ開発を中心に、業態開発や店舗プロデュースを手掛けている。近著は『食いしん坊のお悩み相談』(リトル・モア)。

Twitter:@inadashunsuke

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