睡眠薬を飲み続けると糖尿病発生率が上昇
このように、見解が真っ向から対立しているのは、なぜなのか。新潟大学名誉教授の岡田正彦氏は、次のように分析する。
「複雑な話ですから、論点を整理しつつ、この論争をどう受け止めればいいのか考えてみましょう。同番組の内容は、睡眠薬を飲むとよく眠れる→デルタパワーが増強する→血糖値が下がる→糖尿病の治療や予防になる、ということのようです。
まず、睡眠薬を飲むとよく眠れるというのは確かな話で、反論はどこからも出ないと思います。
次に、番組でキーワードともなっていたデルタパワーとはいったいなんなのでしょうか。神秘的な雰囲気があり、つい引き込まれてしまいそうです。種明かしをすれば、決して新しい言葉ではなく、ヒトが熟睡しているときに認められる脳波の形のひとつです。『パワー』という言葉がいかにも意味ありげですが、脳波分析で用いられる技術用語でしかなく、パワースポットなどの意味合いはまったくありません。いずれにしても、熟眠するとデルタパワーが増強するというのも正解です。
では、デルタパワーが増強すると血糖値が改善するというのはどうでしょうか。この点も、すでに多くの研究が行われています。ただし、数日間程度の実験データしかなく、あまりあてになりませんが、事実無根ともいえません。番組は、大阪市立大学医学部附属病院のデータが元になっていたそうですが、このテーマで同大学から国際的な専門誌に発表された論文がひとつだけあります。しかし、そこには糖尿病の検査値と睡眠の質が関係していること、およびデルタパワーが睡眠の深さに関係していることの2点が結論として記述されているだけでした。どちらも、すでに多くの研究者が認めているところです」
ここまで見てくると、データ上は睡眠薬を用いて睡眠が改善されれば、血糖値が下がるというのは正しいように思える。だが、そうは言い切れないようだ。
「問題は最後の糖尿病の治療や予防になる、という点です。海外で行われた追跡調査によれば、平均して9年間、なんらかの睡眠薬を使い続けた人たちは、明らかに糖尿病の発生率が高くなっていたそうです。つまり、数日間の実験では好ましい結果のように見えても、最終的には逆の結末になってしまうということなのです。なお、番組内で紹介された薬については、糖尿病との関係を示すデータがどこにもありませんでした。
まとめれば、同番組の内容は、個々の説明は正しくとも結論が間違っていたということになります」(岡田氏)
つまり、短期的には血糖値が改善するが、長期間睡眠薬を服用すると、かえって糖尿病が発生するリスクが高まるというのだ。
一方で岡田氏は、番組に強硬な姿勢で異議を申し立てた日本睡眠学会などに対しても、あまり目くじらを立てるべきではないと語る。抗議文には「一部の研究者の限られたデータを根拠として糖尿病治療に用いることは倫理的にも医学的にも許容されません」とあるが、医学はたったひとつの研究から大きく変わることもあり、すべての進歩は一人ひとりの研究者の努力の積み重ねであるからだ。
特定の研究をいきなり全否定するのではなく、医学が発展する方向性を模索してほしいところだ。
(文=編集部)