電子水――。テレビ画面にその言葉が大きく浮かび上がったのは、1月29日に放送された情報番組『ヒルナンデス!』(日本テレビ系)においてだった。
芸能人のバッグの中身を抜き打ちチェックするコーナーで、映画やドラマで女優としても活躍するファッションモデルの林田岬優さんのバッグから、マッサージグッズの「トルマリンローラー」などと共にボトルが出てきた。林さん自ら「化粧水です。エレクトロンスキンローション」と説明し、「電子水が入ってるんです。あと、肌もツルっとなります」と効果を語った。
メーカーである「GMコーポレーション」のサイトを見ると、「ELECTRONは、電子水から生まれた全く新しいスキンケアプロダクト」「電子水=電子を過剰に含ませた還元水」といったキャッチコピーが並んでいる。
大手通販サイト「Amazon(アマゾン)」に出品された「エレクトロン スキンローション」は、放送直後は商品の紹介に『ヒルナンデス!』の名が並べられ、1万2800円の高値がついていた。これは実際の価格の2倍近い。
こうした現象について、GMコーポレーションに電話で尋ねると、以下のように語った。
「テレビで取り上げていただいて、お問い合わせとかは増えているのかなという印象ではあります。ただ、ご紹介いただきましたものは、エステティックサロンや美容サロンなどでしか手に入らないものでして、今ネットに出ているものは、正式なルートを経由したものではないので、そちらは一般の方にはお買い求めいただきたくありません。一般販売用には『エレクトロンエブリワン』という姉妹ブランドがありまして、そちらは弊社の公式サイトからお買い求めいただけます。内容的には非常に似通う部分があるので、そちらの販売が増えたのかなという印象があります」(GMコーポレーション広報)
サイトには「電子水」の説明として、「精製水の約100倍の速度でお肌に浸透」とある。2~3倍でも凄いと思うが、100倍というのは驚異的だ。実験データなどはあるのだろうか。
「データは、あるにはあるのですが、化粧品として登録しているので、化粧品の枠内で、薬事法に引っかからないように柔らかい感じでふんわりさせています。その辺は、あまり目立つかたちで言わないほうがいいのかなという感じです。ただ、製品としての『電子水』は、『電子』を過剰に含んだ水を使っているのは事実ですので、使っていただいたら、『なるほど』と感じていただけると思います」(同)
科学的な根拠はない?
そもそも、電子水とは何か。試みにネットで検索してみるが、メーカーの解説ページにしか行き着かない。そこで、『おいしい水安全な水』(日本実業出版社)、『水がささえるいのちと地球』(フレーベル館)、『水の常識ウソホント77』(平凡社)などの著書がある、法政大学の左巻健男教授に話を聞いた。
「電子をたくさん持っている水というのは、普通では存在しないんです。存在するとしたら、超純水、100%水からしかできていないというものがあると、静電気を帯びるので、電子を帯びている分だけは持っているかもしれない。しかし、普通の水は陽イオンとか陰イオンというものが溶けていたりして、静電気は帯びにくく、逆に静電気が逃げやすくなります。『電子水』という概念は、科学的にはないんです」(左巻教授)
電子水の生成器を扱っているメーカーのサイトを見て、左巻教授は言う。
「『クラスターという水の分子集団が小さくなる』と書いてあって、大きな塊より小さな塊になったほうが体内に浸透しやすいというイメージになりますが、それはもう科学的に根拠がないですから。『クラスターが小さくなる』という説明があったら、まず怪しいものと思ったほうがいいですね。これを見ると備長炭を使っているので、水道水から消毒の塩素を吸着しており、浄水器的な役割はあるでしょう」(同)
エレクトロンのサイトを見ると、「ベ-スの電子水は水でありながら、pH値の高いアルカリ性」と書かれている。
「それは、乳酸カルシウムとかアルカリ性の物質を加えて、アルカリ性にしているだけでしょう」(同)
解説文の末尾には、エレクトロンアドバイザーとして、「生体物理医学者」「日本マイナスイオン応用学会会長」という肩書で、山野井昇氏の名前がある。
「山野井さんは、日本でマイナスイオンを広めた2人のうちの1人です。もうすでにマイナスイオンは科学的に否定されています。結局、マイナスイオンと同様のこと言っているんですよ。我々の周りに満ちあふれているものが、電磁波とか化学物質とかでプラスイオンばっかりになってしまっている。だからマイナスイオンが必要なんだという理屈を言っていたわけです。マイナスイオンというのは電子が豊富なものだから、同じ理屈で電子水がいいというところに行き着いたのでしょう。
山野井さんは東京大学で、実験の準備とかをする技官を長く務めていた方ですが、教官ではありません。もちろんりっぱな仕事をされてきたのだと思いますが、研究者といえるような経歴ではありません」(同)
確かにサイトにある山野井氏の経歴を見ると、「東京大学大学院医学部研究室にて40数年にわたり医療、健康、福祉、美容などの最先端分野に従事」とあり、研究とは一言も書いていない。
「女優さんのバッグから出てきたもののなかに、『トルマリンローラー』もありましたよね。トルマリンも一時期流行って大手メーカーからも製品が出ていましたが、トルマリンも科学的に効果が否定されています。
私が最初に水の本を書いた時、すでにアルカリイオン水とかトルマリン、電子水、パイウォーターとか、いろんな水が入れ替わり立ち替わり出てきては、“信者”をつかまえていたわけです。水がいいのは、飲んでも副作用がない点です。ほかのものだといろいろ入れてあるので、副作用が出たりして問題になったりします。水はむしろ体に絶対に必要なもので問題になりにくいので、水に特別な働きを持たせた“ナントカ水”っていうのがどんどん出てくるんですよ。ただの水でも、やっぱり水としての働きはあるわけです。たかが水ですが、されど水なので、水の働きはあります。乾燥している肌に水をやれば、皮膚にとってはいいことです。だから騙されちゃうんですよ。
皮膚への浸透力が高いというのであれば、人間に対してちゃんとした試験をするべきでしょう。浸透力が高いとしたら、ちゃんと数値が出るはずです。そういうこともなしに、科学的用語をちりばめて、わかりやすい物語をつくり上げて騙しているだけだっていうのが私の考えですね」(同)
メーカーは「そっとしておいていただければ……」
こうした疑問点を再びGMコーポレーションにぶつけると、以下のように答えた。
「あり得ないと申されましても、電子を過剰に含んでいる電子水はあります。ただ電子の数を数える機械がこの世にないんですよ。水素とかを測る機械はあったとしても、電子のほうは測るものがありません。だけど20年以上、釘が電子水によって錆びないという状態をキープしているということがあります。薬をつくる時に臓器とかを腐らないように防腐効果のあるものとしての役割を果たしています。普通の精製水とは違う機能を持っている水を使っているということです。
ただ、呼び名が『電子水』と言われていますが、科学的な名称ではなく、成分としては水として登録しています。薬事法に引っかかるようなことは極力避けて、柔らかい表現に努めています。テレビで、モデルさんが製品を紹介されたのは、私たちから『これを言ってください』などと一言も言っておらず、ただ勝手に気に入って言ってくださったものですので、CM要素はまったくありません。そこはご理解いただきたいところです。電子水について、あまり良いように思っていない方が意見をなされるということに関して、喜ばしいことではないので、そっとしておいていただければありがたいです。せっかくモデルさんが電子水を紹介してくれたのに、そんなのは違うということをいきなり言われてしまうと、ちょっと悲しいなという感じです」(GMコーポレーション広報)
インターネット上では、「水素水の次は電子水か」として話題になっている。2016年12月、国民生活センターがテスト結果を公表したことによって、水素水については「今のところ、水分補給以上の効果はない」というところに落ち着いた。有害なものではないので、今でも商品として売られている。
電子水について国民生活センターに問い合わせたところ、今のところ消費者からの相談はなく、したがって検証する予定もないとのことだ。
(文=深笛義也/ライター)