宮内庁が、天皇陛下に前立腺がんの可能性があるともとれる発表を行い、国内に衝撃が走った。天皇陛下は、これまでの検診でPSA検査の数値に「やや懸念される傾向」が見られ、前立腺に疾患がないかを調べるため、11月上旬に病院で日帰りのMRI検査を受けられる予定だという。
現状では、天皇陛下に自覚症状はないと伝えられている。天皇陛下は現在62歳。実は、同年代の男性は誰もが前立腺がんのリスクを抱えている。PSAと前立腺がんについて、くぼたクリニック松戸五香院長の窪田徹矢医師に聞いた。
PSAはProstate Specific Antigenの略で、前立腺から分泌されるタンパク質の一つである。検査では血液を採取し、血液中に含まれるPSAの濃度を測定することができる。健康な状態では、PSAのほとんどは精液中に分泌され、血液中に取り込まれるPSAはごく微量である。しかし、前立腺になんらかの病気があると、PSAが血液中に漏れ出してしまうためPSA値が高くなる。前立腺がんの場合もPSA値が上昇する。
「前立腺がんは、早期では自覚症状がありません。前立腺がんを早期に発見する指標となるのが、PSA検査の数値です。一般に50代以降は前立腺がんのリスクが高いといわれ、健康診断などでもPSA検査が推奨されます。PSAの値について、4.0ng/mL以下が正常と認識されている方が多いと思いますが、厳密には年齢によって正常値は異なります」(窪田医師)
年齢別のPSAでは、50~64歳は3.0ng/mL以下、65~69歳では3.5ng/mL以下、70歳以上は4.0ng/mL以下が正常値として推奨されているという。
前立腺肥大と前立腺がん
前立腺肥大では頻尿や下腹部の重苦しさなど自覚症状を伴うことが多いが、前立腺がんにはそういった自覚症状がないという。
「前立腺がんの自覚症状が出る時というのは、骨に転移したときなど、かなりステージが進んだ状態です。前立腺肥大と前立腺がんを混乱している人が多いのですが、この二つは違います。前立腺肥大では頻尿などの自覚症状が出ることが多くありますが、前立腺がんでは頻尿などの症状がないケースが多くあります。肥大がなくても前立腺がんになることもありますし、もちろん、前立腺肥大があって前立腺がんになる人もいます。しかし、基本的には前立腺がん、特に早期~中期では自覚症状がなく、早期発見にはPSA検査が重要です」(同)
天皇陛下も自覚症状がないと報じられているが、前立腺がんの好発年齢は40代後半から60代であり、家族歴もリスクの一つとなる。その点を考慮して精密検査が行われる運びとなったのだろう。
「上皇陛下が在位中の2002年末、前立腺にがん細胞の存在が確認され、前立腺全摘出手術を行っていることは皆さんもご存じだと思います。前立腺がんには家族性もありますので、詳しく検査を行うことは必要だと思います」(同)
MRI検査の意義
今回、天皇陛下はPSA検査の結果を受けてMRIを予定しているが、その意義を次のように話す。
「MRI検査を行うことで、がんの疑わしい場所がわかります。疑わしい場所があれば、生体検査を行います。大学病院などでは、最新の前立腺がんの診断に高精度なMRI-TRUS Fusion biopsyを採用しています。これは、MRI画像データと超音波画像を融合し、がんが疑われる箇所をリアルタイムで立体的に見ながら組織をとることができ、正確な診断ができるシステムです。天皇陛下が、MRI検査で前立腺がんが疑わしいとなった場合には、MRI-TRUS Fusion biopsyが行われると思います」
前立腺がんの場合、初期の発見では、必ずしも治療が開始されるとは限らないという。
「一般的に前立腺がんは進行が遅く、初期であれば前立腺がんと診断されても無治療のまま経過観察を行う場合が少なくありません。今回の天皇陛下のニュースも大事には至るものではないと推測しますが、国民の一人として深刻ではない結果であることを願っています」
まずは検査結果を注視したい。
(文=吉澤恵理/薬剤師、医療ジャーナリスト)