無数の“名無しさん”が大活躍 仮面の集団“アノニマス”の正体とは
以来、90年代までハッカーたちは情報の自由を求めて政府と闘争を繰り返します。情報を秘匿する暗号は情報の共有にとって好ましくないように思えますが、内部告発をするときに最初の情報を守ったり、独裁国家の反政府組織が情報をやり取りしたりする場合に、暗号は必要になる。そういう発想の下、ハッカーたちは暗号を政治的に利用しようとしたのです。
例えば60年代の反戦運動にも参加したフィリップ・ジマーマンは91年、事実上の暗号利用を禁じる法案が議会に提出されると、プリティ・グッド・プライバシー(PGP)という暗号ツールをインターネット上に放流し、世界中に拡散させました。その後、メーリングリスト主体のコミュニティであるサイファーパンクなどが、暗号に関する議論を行ってきました。そんなサイファーパンクに参加していたジュリアン・アサンジにより創設されたウィキリークスは、誰が情報をリークしたかわからないような内部告発のシステムをつくり上げました。
こうしたツールは世界中に浸透し、情報や社会はどんどん透明化されるので、それをどう制限しようとしても法律や政策は事実上無効化してしまいます。つまり彼らは直接反対の声を上げたりせずとも、新しい創造的なツールによって社会を“間接的”にハック、つまり社会の変革を目指してきました。以上が正統派ハクティビズムの系譜ですが、アノニマスは少し性質が異なります」
その違いを述べる前に、アノニマスの変遷を整理しておこう。03年、日本の画像掲示板「ふたば☆ちゃんねる」を模して誕生したアメリカの画像掲示板「4chan」。名前欄のデフォルト設定が“Anonymous(匿名)”だったそこでは、2ちゃんねると同様のコミュニケーションが営まれていたが、06年頃から住人の一部がアノニマスと名乗り、情報の自由を守ることを大義に各方面へ抗議活動を開始。
そして08年、新興宗教団体サイエントロジーに対して、17世紀のイギリスに実在した体制への反逆者ガイ・フォークスの仮面を被って抗議デモを行い、脚光を浴びることとなった。
また11年には、プレイステーション3の改造方法などを公開したハッカーに対するソニーの処遇に抗議すべく、アノニマスは同社へDDoS攻撃というサイバー攻撃を仕掛けた。その後、不正アクセスが続き、大量の個人情報が流失。個人情報の不正取得についてアノニマスは関与を否定したが、結果的にアノニマスの抗議が契機となって、ソニーは大きな損害を被った。
「DDoS攻撃は、いわば再読み込みボタンを自動的に何度も押すようなツールを使い、処理能力の限界を超えてサーバを落とさせるものなのですが、技術的にも単純であり昔からある方法なので、ハクティビストの創造的で独創的なアイディアとはいえません。ですが、それは直接的に不正を訴える方法でもある。正統派ハクティビズムが間接的に社会をハックするものだとすれば、アノニマスは直接抗議型のハックと呼べるでしょう。また、DDoS攻撃は世界的に違法とされている一方で、ウェブ上の座り込みともいえるため、一種の社会運動として認められるべきという議論もあります」(塚越氏)