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片田珠美「精神科女医のたわごと」

なぜ荒川区の子煩悩な和菓子店店主は娘を殺したのか?親子間の「強い愛着」が孕む危険性

文=片田珠美/精神科医
なぜ荒川区の子煩悩な和菓子店店主は娘を殺したのか?親子間の「強い愛着」が孕む危険性の画像1
「gettyimages」より

 東京都荒川区の和菓子店の冷蔵庫内で、大学1年の木津いぶきさんの遺体が発見された。この店の経営者は、いぶきさんの父親で、娘の殺害を家族にほのめかした後、所在不明になっていたが、さいたま市内で首をつって死亡しているのが見つかった。一連の状況から、父親が娘を殺害した後、自殺した可能性が高い。

 この事件をめぐって、「子煩悩なお父さんで、家族間のトラブルは聞いたことがない。娘さんにはバレエを習わせて大切に育てていたようなので、本当にショック」「可愛がっていたのに、なぜ殺したのか?」といった声があがっているようだ。

 精神科医としての長年の臨床経験から、可愛がり、大切に育ててきたからこそ、ちょっとした言動に怒りを覚えるのだし、愛情を注いできたのに報われなかったと感じるのだといえる。場合によっては、許せないと思い、敵意や憎悪を抱くこともある。

 もちろん、愛情だけを抱くほうがいいに決まっているが、人間の感情はそんなに簡単ではない。むしろ、さまざまな感情が入り交じっている人が圧倒的に多い。

愛憎一如

 それを見事に言い表したのが、「愛憎一如(あいぞういちにょ)」という仏教用語である。愛と憎しみは「あざなえる縄」のごとく、密接に結びついているという意味であり、男女関係でも深く愛すれば愛するほど、裏切られたときの怒りと憎しみは激しくなる。

 親子関係でも同様だ。子どもからすれば、親に愛されたいという愛情欲求が強いからこそ、粗末に扱われたり、ひどい言葉で叱責されたりして、親から愛されていないように感じると、腹が立つ。そして、自分がいくら頑張っても、親の愛情を得られないことを思い知らされると、憎しみさえ覚えるようになる。

 つまり、親に愛してほしいのに、愛してもらえないからこそ、子どもは怒りや憎しみを抱くわけだが、立場が逆になっても同様である。親からすれば、子どもにできるだけのことをして大切に育ててきたのに、子どもが言うことを聞いてくれなかったり、親を軽蔑するような言葉を吐いたりすると、腹が立つし、悲しい。しかも、怒りと悲しみは、注いできた愛情に比例して大きくなる。

アンビヴァレンス

 このように愛と憎しみという相反する感情を同一人物に対して抱くことを、精神分析では「アンビヴァレンス ( ambivalence )」と呼ぶ。「両価性」と訳され、その意味するところは「愛憎一如」とほぼ同じだ。

片田珠美/精神科医

片田珠美/精神科医

広島県生まれ。精神科医。大阪大学医学部卒業。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。人間・環境学博士(京都大学)。フランス政府給費留学生としてパリ第8大学精神分析学部でラカン派の精神分析を学ぶ。DEA(専門研究課程修了証書)取得。パリ第8大学博士課程中退。京都大学非常勤講師(2003年度~2016年度)。精神科医として臨床に携わり、臨床経験にもとづいて、犯罪心理や心の病の構造を分析。社会問題にも目を向け、社会の根底に潜む構造的な問題を精神分析学的視点から分析。

Twitter:@tamamineko

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