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仏教と精神分析は、成り立ちも考え方も異なる。にもかかわらず、愛と憎しみという相反する感情を同一人物に対して抱きうることを、それぞれが別の言葉で説明したのは、こうした精神状態が人間にとって普遍的なものだからだろう。
「愛憎一如」あるいは「アンビヴァレンス」が最も極端な形で表れるのが親殺しである。アメリカの精神科医、ウェルサムは、息子による母殺しの事例を研究し、「母親への過度の愛着が母親に対する激しい敵意へと直接変形される」結果、母親を殺すのだと説明した。
同様のことは、子殺しにおいても起こりうる。今回の事件でも、父親の娘への「過度の愛着」が「激しい敵意」へと変形したからこそ、娘を殺した後、自分も首をつり、結果的に父子心中のかたちになったのではないか。
このような悲劇が起こった背景に、父親が精神的に病んでいたことがあるのかもしれない。いぶきさんの母親が「最近になって夫の様子がおかしくなった。暗い様子だ」と話しているようなので、父親がうつ病もしくは抑うつ状態で、何でも悲観的にしか見られず、人生に絶望していた可能性も考えられる。実に痛ましい事件である。
(文=片田珠美/精神科医)
参考文献
片田珠美『オレステス・コンプレックス―青年の心の闇へ』NHK出版 2001年
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