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片田珠美「精神科女医のたわごと」

目黒女児虐待死、なぜ母親は、夫から娘への暴力を“傍観”したのか…無力感からの思考停止

文=片田珠美/精神科医
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目黒女児虐待死、なぜ母親は、夫から娘への暴力を“傍観”したのか…無力感からの思考停止の画像1
東京地方裁判所(「Wikipedia」より/663highland)

 東京都目黒区で昨年3月、当時5歳だった船戸結愛(ゆあ)ちゃんを虐待死させたとして、保護責任者遺棄致死罪に問われた母親の優里(ゆり)被告の裁判員裁判が結審した。

 検察側は論告で、夫の雄大被告の暴力を容認したうえ、食事を与えず、関係機関の支援も排除して外部が助けられない環境をつくったと指摘し、懲役11年を求刑した。優里被告が雄大被告の暴力を容認し、娘の体重が刻々と減っていることを知りながら病院に連れて行かず、結果的に肺炎による敗血症で死亡させたのは一体なぜだろうか?

 その理由を分析すると、次の3つの要因が浮かび上がる。

(1)思考停止

(2)想像力の欠如

(3)自己保身

 まず、弁護側は、優里被告が雄大被告から連日長時間の説教を受け、結愛ちゃんへの暴力を見せつけられる心理的なDVを受けていたと主張している。それによって優里被告が心理的に支配されていたか否かについては、弁護側と検察側で見解の相違があるようだが、少なくとも、機嫌を損ねて虐待がひどくならないよう、雄大被告に従わざるを得なかった可能性は十分考えられる。

 こういう状況では、優里被告が恐怖のせいで思考停止に陥ったとしても不思議ではない。雄大被告の暴行を止めても無駄だと思い、どうしようもないという無力感にさいなまれたのではないか。無力感から思考停止に陥ることは少なくない。

 当然、雄大被告の暴行を制止しないと、どういう事態を招くかに想像力を働かせることもできなかったはずである。虐待死はこれまでも報道されており、最悪の場合、死を招きかねないことはちょっと考えればわかりそうなものだ。しかし、恐怖と無力感のせいで思考停止に陥っていると、その可能性に思いが及ばない。

 また、結愛ちゃんへの暴力を見せつけられていた優里被告は、自分が雄大被告からDVを受けるのではないかという恐怖も抱いたはずだ。そのため、自分が雄大被告からDVを受けないようにするため、つまり自己保身のために同調したと考えられる。

 厳しい見方をすれば、娘をスケープゴート(贖罪の山羊)にすることによってわが身を守ろうとしたわけで、本来娘を守るべき母親が一体何をしていたのかと言いたくなる。

 ただ、自己保身のために黙認するのは、この母親に限った話ではない。たとえば、いじめは、いじめっ子(加害者)といじめられっ子(被害者)の二者関係だけで起こるわけではなく、いじめをはやし立てて面白がって見ている「観衆」と見て見ぬふりをしている「傍観者」も加わった四層構造で起こる(『いじめとは何か』)。

 この「傍観者」の割合が増えるほど、いじめは起こりやすい。そして、見て見ぬふりをする態度の背景には、「自分が被害者になることへの恐れ」や「優勢な力に対する従順さ」などがある(同書)。

 いずれも、母親の優里容疑者に認められる。とくに、「自分が被害者になることへの恐れ」が強かったように見受けられる。だからこそ、雄大被告の暴行をほとんど制止せず、「傍観者」の立場に身を置くことによって自分自身を守ろうとしたのではないだろうか。

(文=片田珠美/精神科医)

【参考文献】

森田洋司『いじめとは何か』(中公新書)  2010年

片田珠美/精神科医

片田珠美/精神科医

広島県生まれ。精神科医。大阪大学医学部卒業。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。人間・環境学博士(京都大学)。フランス政府給費留学生としてパリ第8大学精神分析学部でラカン派の精神分析を学ぶ。DEA(専門研究課程修了証書)取得。パリ第8大学博士課程中退。京都大学非常勤講師(2003年度~2016年度)。精神科医として臨床に携わり、臨床経験にもとづいて、犯罪心理や心の病の構造を分析。社会問題にも目を向け、社会の根底に潜む構造的な問題を精神分析学的視点から分析。

Twitter:@tamamineko

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