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「ココロに効く(かもしれない)本読みガイド」山本一郎・中川淳一郎・漆原直行

人々の幸福の実現なしに社会を維持することは不可能 そして貧困の大部分は解決困難

文=山本一郎

人々の幸福の実現なしに社会を維持することは不可能 そして貧困の大部分は解決困難の画像1『資本主義に希望はある―――私たちが直視すべき14の課題』(ダイヤモンド社/フィリップ・コトラー)
【今回取り上げる書籍】
『資本主義に希望はある―――私たちが直視すべき14の課題』(ダイヤモンド社/フィリップ・コトラー)

 山本一郎です。マーケットに依存した人生を送っています。

 ところで、最近「とっつきやすくてわかりやすい洋書の翻訳」はとても流行しているようで、『HARD THINGS』や『WORK RULES!』などはその典型と思います。面白いですからね、読んでて。

 一方で、専門家が唸るような本も定期的に出ており、一時期流行したピケティ本だけでなく、『異文化理解力』や『企業としての国家』といった、一般の読者が身近な生活に役立てようにもかなり努力の要るレベルの教養系良本もちらほら見るようになりました。

 今回取り上げるのは、『資本主義に希望はある』であります。いわゆる「フィリップ・コトラー」本であり、もともとこの人の言うことはそれなりに難解なので、その母流にある彼の著書をある程度読みこなせないと、この本もなかなかすんなり理解することはむつかしいでしょう。

 同時期に刊行された『希望の資本論―――私たちは資本主義の限界にどう向き合うか』(朝日新聞出版/池上彰、佐藤優)と比べ読みするよりは、むしろ経営学の古典に類する『小倉昌男 経営学』(日経BP社/小倉昌男)のような、市場とかかわりを持つ経営の視点や、組織を環境にどう適合させるのかといった方面の話に親和性のある内容になっているのが本書です。

社会の働きがより合理的になるために

 で、本書では14の課題となっていますけれども、具体的にどういう課題であり、どうすれば立ち向かえるのか、解決の道筋が見えるのかといった部分はそれほど明確には書き記されていません。価値を規定するマーケティングは資本主義の根底を成す概念なんだよ、と言われ、そのマーケティングへのかかわりをさまざまなパラメータや概念に置換して分析していく手法と解説は圧巻なのですが、例えば市場の失敗をカバーするために社会的費用を誰がどう負担するのかというのは、資本主義を担うマーケティングをいくら突き詰めても結論の出ようのないことです。

 うまくいったモデルは合理的であるがゆえに拡大していく一方、劣後となり敗れ去った側の処理を資本主義に委ねたときにどうなるかや、所得格差、教育の機会といった、資本主義で本来扱うことのできない社会的諸問題に対してどのように適切な方法でアプローチしていくのか思案しなければならない時代に差し掛かりました。それは政治の機能の重要さという面だけでなく、人々と向き合う社会の働きが、より合理的になるためには政治そのものもマーケティングを必要とするというぐるぐる感があるわけで。

 際どいことを言えば、私たちが「問題だ」「解決しなければ」と思っている貧困問題も、その広さと深さは相当なものであり、直接のコミットで解決できる貧困はごくわずかである以上、なんらかの「広い貧困問題といえども、ここは優先順位を上げて解決を図っていこう」とするべき貧困内のマーケティング競争が発生するということでもあります。資本主義による弊害の解決において、その資本主義を構成しているマーケティングの手法を合理的に活用しないと資本主義に希望がなくなってしまうという実に逆説的な話に至るわけです。

資本主義の欠落部分を埋めていく

 実際のところ、この本を見ていくなかで後ろのほうは、むしろマーケティングとして情報を伝えられた側の「幸福」についての記述が奥深いので、ぜひお目通しをと思うわけです。これはもう人間の摂理というか本質にかかわる部分であって、社会に幸福を増やす仕組みとして資本主義が適切であって、うまく作用し合理的に進めていければ多くの富を増やすことができる。一方で、その社会に従属している面々の幸福が達成できなければ社会全体の維持が不能になってしまうので、いかに社会の構成員が真心をもって資本主義の欠落部分を埋めていくのかを考えなければなりません。

 今までは市場の失敗や、成長のための成長、市場のオーバーシュートといったさまざまな現象面を個別に見てきたのが資本主義の失敗論であって、もう少し本書のように俯瞰的に見たとき、実は市場に参加している人たちだけではなく、社会をハンドリングしている側に大きな課題があって、何を優先順位として資本主義をドライブしていくのかよく考える必要があるという重大な示唆を得たのでありました。

 ところで、この本がおもしろかったこともあって、koboで出張中流し読みしておったんですが、この本の訳は落ち着いていてとっても良くできているように感じました。言い回しや日本語的なわかりやすさで苦労されたところもあったんじゃないかと思いますが、うまく手ごろな感じでまとめられていて、巧さを感じた一冊でした

 この本については、単に「拝金主義もうあかんがな」という話ではなく、広く市場と政治、社会全体の課題をマーケティングという視座でしっかり見通すというテーマの本でして、秋の夜長に読まれるとおもしろいと思いますよ。併せてほかのコトラー本も手にとっていただけるとよろしいかと存じます。
(文=山本一郎)

山本一郎

山本一郎

 2000年、IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作を行うイレギュラーズアンドパートナーズ株式会社を設立。ベンチャービジネスの設立や技術系企業の財務・資金調達など技術動向と金融市場に精通。2007年より、総予算100億円超のプロジェクトでの資金調達や法人向け増資対応を専門とするホワイトヒルズLLCを設立、外資系ファンドの対日投資アドバイザーなどを兼務。

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