大手新聞社トップ暴露トーク…優秀な記者不要、リークが一番
「先輩の場合は、リーマン・ショックも追い風になりましたね」
村尾が補足した。すると、松野が持ち上げた。
「いや、俺の場合は、村尾君が頑張って居座ってくれたことが大きい。村尾君には足を向けて寝られないぜ」
こう言って破顔した松野は、焼酎のお湯割りのグラスをぐいと飲んで、続けた。
「半分冗談、半分本音だけど、助かった背景には日亜もうちも、社員向けにインサイダー取引をしてはいけない、という研修をちゃんとやっていたことがあるね」
「そうなんですよ。やって当たり前なんだけど、とにかく日本では体裁が大事なんです。SP(セクハラ、パワハラ)の問題も、防止の研修をやっていれば大丈夫なんです」
「社会的な騒ぎにならなければ、軽い処分でお茶を濁し、ほとぼりが冷めるのを待てば、また重用できるからな」
「本当にそうですね」
●優秀な記者に、自主的に辞めてもらう
村尾が頷くと、松野が冷やかした。
「騒ぎにしないためには、不満分子をできる限り摘み取らなければならん。だから、ゲシュタポを使って目を光らせる。それが大事なんだが、村尾君のところにはすごい奴を据えているらしいじゃないか。一見するとやくざみたいらしい」
「それはお互い様です。確かにゲシュタポは大事ですけど、いわゆる優秀な記者に、自主的に辞めてもらうこともやったほうがいいですよ」
「日亜の割増退職金制度のことか」
「それです。うちは僕が社長になって割増退職金制度を導入したので、この2年で50代のうるさ型記者は大体辞めてくれましたよ」
「でもな、ジャーナリズムという張り子の虎を守るには、いわゆる優秀な記者が少しはいたほうがいい面もあるぞ」
「今でもそうですけど、部数トップの大都さんは、政治ダネはもちろん、経済ダネも相手が持ち込むか、リークするでしょ。うちは経済ダネは大都さん以上にリークがあります。合併で部数が断トツになれば、さらにリーク先としての地位は盤石になります。優秀な記者などいらないんです。かえって邪魔にしかなりません」
「それはそうだろうが、大都は論説をそうしている。君みたいに記事の書けなかったKY(=器用で要領のいい)なだけの奴を主幹に据えている。論説を骨抜きにしておくことも大事じゃないか」
「わかっていますよ。だから、うちは委員長に僕と『2人で1人前』だった青羽を置いているんです。彼は原稿は書けますけど、主義主張はありません」
「そうか。君のところのほうが進んでいるか。うちも合併前に割増退職金制度をつくって、うるさ型に辞めてもらうように仕向けるか……」
●裁判所も味方
本音トークはまだまだ続きそうな気配だったが、松野が焼酎のお湯割りのグラスに手を伸ばした。少し会話が途切れたところで、北川が心配そうな面持ちで聞いた。
「社長。そんなに本音をしゃべっちゃっていいんですか? 僭越ですけど、以心伝心、言わぬが花、という気もしますが……」
「北川君、心配するな。村尾君にしても、小山(成雄)君にしても、俺たちと同じ穴のむじなさ。それに日亜さんとは合併するんだし、腹を割って話したほうがいいんだ。なあ、そうだよな」
松野が対面の日亜の2人に同意を求めた。
「まあ、そうですね。北川君、ある意味で、我々は『秘密の共同体』だから……」
村尾は松野に同調したが、日亜編集局長の小山は違った反応をした。
「社長。確かに、我々は安心です。でも、盗聴でもされていたら困りますよ。週刊誌か何かで今の本音トークが暴露されたら大変です」
松野が大笑いして遮った。
「小山君、それは杞憂だ。この美松を使うのは俺ぐらいしかいないんだ。今日だって、ほかの客は一組も入っていない。盗み聞きされる心配もない。俺と村尾君がここで頻繁に意見交換していることを知っている奴もいない。現に、君たちも今日まで知らなかったじゃないか」
「杞憂……。確かにそうかもしれません」
小山が引き下がると、松野が続けた。