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江川紹子の「事件ウオッチ」第138回

破棄されていた重要裁判記録…江川紹子「適切な保存と利用のための仕組み作りを」

文=江川紹子/ジャーナリスト

 しかし、どの事件が「刑事参考記録」に指定され、保存されているのかは、まったくわからない。私が以前、そのリストを情報公開請求した時には、「被告人名」「罪名」「確定年」「刑名・刑期」「備考」がすべて黒塗りされた、いわゆるのり弁状態での開示となり、わかったのは通し番号と「保管庁」だけだった。通し番号は「698」となっていたので、この時点でそれだけの刑事参考記録が指定されていたことしかわからない。

 さらに、こうした法律の手続きによらず、検察庁としてとっておきたい記録は「特別処分」と称して残しておくこともある。これについては、件数すらわからない。しかも、こうした記録を利用できるのは、現職の検察官や法務省職員のみだ。

 上川陽子衆議院議員が法相の時、私たち研究会の要請に応え、オウム真理教事件の現存する全刑事裁判記録を刑事参考記録に指定し、永久保存を決めた。この時点では、保管期限を過ぎていた裁判記録が多かったはずだが、約190人分、ほとんどすべての記録が残っていた。それは、各検察庁の判断で、特別処分として保存していたものと思われる。

 こうした不透明な手続きで、何が保存され、何が廃棄されたのかはよくわかっていない。ただ、いくつかの重要な判例となった事件や、時代や社会を映した重要な事件については、廃棄されたことがわかっている。

 たとえば、かつて刑法に盛り込まれていた、両親や祖父母などの尊属を殺害した時の重罰規定を最高裁が違憲と判断し、戦後初の違憲立法審査となった「栃木実父殺し事件」。あるいは、バブル時代の金融機関のトップの刑事責任が問われ、最高裁で逆転無罪となった「長銀事件」「日債銀事件」。こうした重要な裁判記録が、すでに廃棄済みだ。

 刑事参考記録のリストについては、上川法相が関係者のプライバシーに配慮しつつ、国民の知る権利にも応えるような対応を検討するように指示があったが、その後大臣が2人代わり、今までまったく進展はない。

 民事事件について、最高裁が調査し、メディアの取材にも答えたように、刑事事件の記録に関しても、まずは今、どのような記録が保存されているのかを調査し、明らかにすることが必要だ。そのうえで、やはり民事事件と同じように、今後はそれぞれの検察庁が外部の識者を入れた議論のなかで、刑事参考記録の指定を行えるような仕組みを作るべきだろう。

 さらに、歴史的な資料となる事件記録については、できるだけ早期に国立公文書館へ移管し、適切な保存と開示を進めるべきだ。国立公文書館には、永久保存に足る資料の査定、収集、整理、保管、管理、公開などについての専門家であるアーキビストが揃っている。裁判所や検察庁の職員は、現用文書の扱いのプロであっても、史料としての文書の価値判断や取扱いの専門家ではない。

 裁判所が重要な判断をするまでに、どのような証拠が出され議論が行われたのかを示す記録は、それぞれの時代の社会や司法のありようを研究するための歴史的な資料となる。裁判が適正に行われたのかを、後からチェックできるようにしておくことは、国民の司法への信頼を確保・維持するうえでも大切だ。

 司法の適正な判断に資する役割を終えた後の裁判記録は、裁判所や検察庁の所有物ではない。

 刑事、民事を問わず、裁判記録は「健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源」(公文書管理法)である。適切な保存と利用のための仕組みづくりを、早急に整えてもらいたい。
(文=江川紹子/ジャーナリスト)

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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