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台湾・蔡英文総統、笑顔なき大勝…再選の裏に内憂外患

文=甘粕代三/ライター
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再選を果たした台湾の蔡英文総統(写真:ZUMA Press/アフロ)

 1月11日に投開票が行われた台湾総統選挙は再選を目指した民進党・蔡英文が史上初めて得票数800万票を超え、歴史的大勝で幕を下ろした。

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 台湾時間午後4時の投票締め切りと同時に各投票所で行われた開票で蔡英文は順調に票を伸ばし、国民党・韓国瑜に得票率で10%以上リード。午後8時半過ぎには韓国瑜が早々に国民党本部前に姿を現し、打ちひしがれた支持者を前に「結果に従う」と敗戦を宣言した。しかし、その表情はさわやかさと満足感に満ちあふれていた。

 その約30分後、蔡英文は勝利に熱狂する支持者を前に民進党本部前で勝利宣言を行う。同時に行われた立法院(議会)選挙では、民進党が前回よりも議席を減らしたものの61議席(定数113)を獲得、単独過半数を維持した。

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 しかし、前回2016年の高揚感に満ちあふれた勝利宣言とは一変して、その表情は硬く、一語一語を選ぶかのように淡々とした口調。そして、内容も極めて簡潔なものだった。

「内外メディア、記者のみなさん、みなさん、お待ちくださったことに感謝いたします。まず、本日投票してくださった有権者にお礼申し上げます。誰に投票しようと、今回の選挙に参画したこと自体が民主という価値の実践です。これまで毎回の総統選挙を通じ、台湾人は世界に向けて、我々がどれだけ民主的で自由な生活と、我々の国家である中華民国を大切にしているかを訴えてきました。

 韓(国瑜・高雄)市長と(親民党)宋(楚瑜)主席に対して、私とこの民主の旅を完走してくださったことに敬意を表します。今回の選挙戦を通じて、私に対するすべての建設的な批判が次の任期の扉を開いてくれました。党の立場が異なっても、この先にはみなが協力できる空間があることを信じています。

 今日、台湾人民の一票一票が民進党執政の継続と国会での多数を選択してくれました。この結果は過去4年、執政チームと立法院の党団が正しい方向に向かっていたことを代表します。英文・清徳コンビ、民進党候補者に、民進党候補者に投票してくださった支持者のみなさんに感謝申し上げます。民主とその進歩という価値、解決と団結の道を選択してくださったみなさん、ありがとう。

 私はみなさんに保証します。勝利によって反省を忘れないことを。この4年、我々は実績を残しました、しかし、足りなかったところもあります。台湾人民は、我々にもう4年の時間を与えることを願ってくれました。我々は足りなかった点、間に合わなかった点をさらによく、多く努めていきます。これからも我々はさらによい国を、さらに完全な社会保障を、さらに全面的な基礎建設を、さらに競争力のある経済を、さらに国際的な就業と就学環境をつくり続けてまいります。

 我々は自らに鞭打ってまいります。政府は清廉で効率的でなくてはならず、改革は継続して進めなければならず、地域は均衡した発展を持続しなければならず、貧富の差は改善を続けなければなりません。当然のことながら我々は国家安全の増強を続け、我々の主権を守り続けます。第2期目には私は私のチームと共に過去4年間の基礎の上に、さらに努力を倍加いたします。今回の選挙は国際的にこれまでにない関心を集めました。今日、多くの海外メディアがここに集まってくれています。この機会を借りて、台湾人民を代表して台湾の民主を重視し支持してくださったことに感謝申し上げます。

 今回の選挙は台湾人民が民主という価値を堅持していること、国家認識を尊重し、特に国際社会に参画する際に公平な待遇を与えられることを国際社会に対し十分に見てとってもらいたいとの希望を持っていることを示すものです。中華民国台湾は国際社会に欠かすことのできない一員です。我々は各国と積極的に協力し、責任を分かち合い、共に繁栄し、地域の平和安定を維持することを望んでいます。そして、各国に対して台湾はパートナーであってテーマではないことをお伝えしたいと思います。今回の選挙は重要な意義を明らかにしました。それは、我々の主権と民主が大音声で脅威を受けたとき、台湾人民はさらに大音声を用いて我々の堅持を訴えるということです。

 この3年以上、政府は主権のボトムラインをしっかりと守ってきました。しかし、中国との健全な往来をも願ってきました。中国の言葉による攻撃、武力による威嚇に対して我々は挑戦せず、冒険もせず、両岸に厳重な衝突を醸成することはありませんでした。

 しかしながら、中国は台湾に一歩一歩迫り来て、同時に台湾版一国二制度を提出し、台湾に主権での譲歩という受け入れることのできない条件をのませようとしました。台湾海峡の現状を一方的に変えようと試みる中国に対して、台湾は選択がないのではありません。我々は民主による防衛の機構を強化し、併せて台湾海峡の安全を十分に確保できる国防の力を打ち立てるのです。

 両岸関係と和平安定のためになした私の公約を改めることはないと強調いたします。しかし、両岸の双方に台湾海峡の和平安定確保の努力する責任があります。今日、私は改めて対岸の当局に呼びかけます。『和平、対等、民主、対話』、この8字こそ良性なお互いの働きかけ、長期安定発展を再開させるカギなのです。これはまた両岸の人民の距離を近づけ、互恵互利への唯一の道筋なのです。

 平和、それは対岸が台湾への武力的脅威を放棄しなければならないことにほかなりません。対等、それは双方が共に存在する事実を否定しないことにほかなりません。民主、それは台湾の前途は2300万人民が決定することにほかなりません。対話、それは双方が膝を突き合わせて未来の関係を話し合うことにほかなりません。

 私は北京当局が民主的な台湾、民選による政府を理解でき、脅威や恫喝で屈服させないことを希望します。両岸相互の尊重と良性の相互働きかけこそ彼我の人民の利益と期待に合致するものです。この選挙の結果こそがもっとも明白な答えなのです。

 最後に私は申し上げたい。選挙はすでに終わりました。選挙中のあらゆる衝突は、ここに終止符を打つべきであります。あらゆる支持者は相手を刺激するあらゆる言行をしてはなりません。我々は抱擁し合わなければなりません。なぜなら、この国家の苦境に打ち勝ち、あらゆる人が民主の旗の下に団結しなければならないからです。

 この4年来、肩を並べて奮闘してきた仲間に感謝します。特に隣に並ぶ数人に。私の肩の上にはさらに大きな責任がのしかかり、目の前にはさらに多くの任務が待っています。決して、今日投票してくださった我々の人民に背くことはありません。みなさん、ありがとう!」

香港騒乱という神風

 勝利宣言に笑顔も高揚感もほとんど感じられなかった原因は、再選までの決して平坦でなかった道のりと、それによる疲労があったのだろう。一昨年11月の統一地方選挙で蔡が率いる民進党は歴史的惨敗を喫し、蔡の支持率は20%を切る危険水域に突入した。16年の総統就任時に打ち出した年金、司法、教育など5大改革がまったく成果を挙げず、また蔡を擁立した側近も蔡が好むマイクロマネジメントと偏狭な性格を嫌い、続々と周辺から去っていった。統一地方選惨敗後、支持率浮揚を狙って台南市長から行政院長(首相に相当)に抜擢した頼清徳までが蔡に反旗を翻し、党内予備選に名乗りを上げた。

 民主を標榜する民進党は、総統候補党内予備選を全面的な世論調査に依拠させた。より民意に近い調査とするため、民間世論調査会社5社に委託しサンプルには携帯電話の比率を高めた。蔡の支持率が一向に上向かないなか、4月に予定されていた予備選は党執行部により6月まで延期された。その過程で蔡に神風が吹いた。香港騒乱である。

 香港特別行政区行政長官・林鄭月娥が提起した逃亡犯引渡条例の改定は反共難民都市、香港の反中国感情に火をつけ、103万人、200万人の大規模デモが続発。7月に入ると一部が過激化し、香港における中国政府出先機関から中国企業、中国と関係の深い香港企業、外国企業までが攻撃の対象となった。毎週末、香港市街地各地では黒シャツを身にまとった「勇武派」と呼ばれる過激派が暴れ回り公共交通機関はストップ。二度にわたる大学籠城戦を経ても収束する兆しはまったく見えず、国際観光&金融都市香港の将来に今も大きな影を落としている。

 昨年初、台湾に対峙する中国トップ、習近平は一国二制度による台湾統一を呼びかけ、蔡はこれを即座に拒否しているが、一国二制度の先行モデルである香港での騒乱が蔡の支持率を急上昇させる神風となったのである。

 中台両岸関係は中華民国台湾の宿命的課題、難題ではあるが、今回の総統選挙は一昨年11月の統一地方選挙と同様に、蔡政権のこの4年の内政、特に経済政策が争点とされていたのだが、蔡がもっとも突かれたくなかった内政、特に経済問題は香港騒乱という神風によって吹き飛ばされ、両岸関係だけが争点に突出してしまった。

「統一地方選挙の高雄市長選挙で韓国瑜は民進党市政20年をひっくり返す大番狂わせを演じましたが、それは国民党の韓国瑜は蔡政権下では大幅に減少した大陸観光客誘致拡大、農産物の大陸輸出拡大を落ち込みの激しい高雄経済、ひいては台湾の特効薬に打ち出し、その政策を語る庶民的な口調、禿頭にシャンプーする映像をネット配信する自虐的パフォーマンスが有権者に受け入れられたからです。当選直後には香港の中国政府出先機関を訪れ物議を醸しましたが、韓の大陸との関係改善を経済復興の起爆剤とする政策は、蔡とは逆に強力な向かい風となってしまった。自由と民主、大陸からの脅威が総統選挙のメインイシューとなってしまった時点で韓の敗北は確定していた」

 国民党系大手紙論説委員は苦り切った表情で総統選挙を振り返る。しかし、今回の総統選挙では忘れられてしまった台湾経済はのっぴきならぬ状態にある。この論説委員は、5月20日からスタートする第2期蔡政権をこう展望する。

「台湾経済は“アジアの小さな4匹の龍”と呼ばれた時代の輝きを失って久しい。台湾企業の大陸への進出、成功で台湾内の産業は空洞化。雇用情勢も著しく悪化している。総統選挙の熱狂から醒めたとき、有権者の関心は再び内政問題、特に経済政策に引き戻される」

青年層の経済的不満が沸点に

 蔡英文政権発足後から今まで、中台両岸当局の交渉は途絶している。そうしたなか、大陸は18年2月に31項目、19年11月には26項目の台湾優遇策を蔡の頭越しに台湾市民に直接呼びかけている。大陸は「発展のチャンスを台湾の同胞と分かち合う」とのお題目の下、台湾企業には大陸企業と同様の待遇を与え、税制面で優遇。

 また、台湾人就労者向けには、大陸での就学や、起業、就業、生活面などにおいて、中国人と同等の扱いを認めるというものであり、医療、教育、文化・映像産業、芸術といった高度な専門職の人材を幅広く受け入れることなどが含まれている。前出の論説委員は、蔡を支持した青年が大挙して大陸に向かうことすら予想する。

「優遇策は大陸による統一戦線工作の一環で、台湾企業、青年層の目の前にぶら下げたニンジン、飴玉であることは明白だ。しかし、青年層がもっとも関心を持つ大卒初任給は2000年には3万ニュー台湾ドル(1ニュー台湾ドル=約10万円)程度あったが、この20年で20%以上減って2万4000ニュー台湾ドル(約8万円)あるかないかというのが現状。若者の失業率悪化も大きな社会問題となっている。総統選挙では『首投族』と呼ばれる、今回初めて選挙権を手にした青年層の蔡支持が票数を押し上げて史上最多を記録させたが、その青年層の経済的不満は沸点に近づいている。

 年内に経済的恩恵が目に見える形で出てこなければ、移ろいやすい台湾の民意、特に青年層の支持は瞬く間に蔡から離れていくだろう。大陸の大都市では大型レストランの給仕、皿洗いは地方の中卒でも5000人民元(約7万5000円)程度稼いでしまう。蔡から離れていくであろう台湾の青年層は、より条件のいい大陸での就職を目指すことが十分考えられる。民主と主権の祭りの後に青年はこれだけでは腹を満たせない、生活を維持できないことを知れば逃げ足はとてつもなく早いものとなる」

 蔡は香港から吹いてきた神風で起死回生の再選を果たしたが、学生時代から学業優秀、聡明でならした蔡であれば、祭りの後に出来するものがなんであるのか、すでに想定していることだろう。しかし、これだけが笑顔も高揚感もない勝利宣言の原因ではない。

蔡政権を揺るがす2つのフェイクニュース

 1月8日掲載の前稿では総統選挙に向けられた2つのフェイクニュースを論じたが、これも第2期政権に大きな影を投げかけている。

 民進党側は11月に明らかになったオーストラリアに亡命申請をした自称大陸のスパイ、王立強事件をフルに活用した。これを奇貨として「反浸透法」を立法したのだ。選挙終盤でも民進党は国民党副秘書長・蔡正元が王にひそかに接触し、脅迫したとネガティブキャンペーンを展開。国民党はこれを言下に否定した。

「大陸からの選挙干渉、さまざまな浸透工作対策の『反浸透法』を大みそかに強行採決、可決した民進党には格好のキャンペーンになった。王は人民解放軍が香港に設立したダミー企業に所属し、そのトップは大陸の開国十大元帥で広東王と呼ばれた葉剣英の一族と告発しているが、そのトップは訪台中に身柄を拘束され、今でも出国禁止処分となっている。

 大陸は王のこの証言をデマと否定した。おそらく事実ではないのだろう。万が一、葉剣英の一族であれば大陸はありとあらゆる非合法な手段を駆使してでも救出に乗り出す。その動きが確認できていないということは、王の告発が事実ではなかったと判断せざるを得ない」(前出の台湾大手紙論説委員)

 王がスパイなのかどうか、オーストラリア政府はいまだに判断できず、保護には至っていない。そして、王事件を奇貨として駆け込み強行可決した反浸透法が蔡に大きくのしかかる。

「同法では域外勢力を明示していないものの、蔡も口にしている通り対象が大陸であることは衆目の事実。大陸は選挙終了後すぐに反撃に出ることは確実だ。民進党系台湾人の大陸での拘束をはじめ、彼らにはいくらでも手がある。今のところは台湾優遇策で恩恵を被るであろう一般台湾人と民進党系を分断させようと試みているが、これはまだ序章にすぎない」と、全国紙元台北特派員は今回の反撃はこれまでに例を見ない強硬なものになるであろうと予測する。

 もうひとつのフェイクニュースは、前稿でも指摘した台北駐大阪経済文化弁事処長(大阪総領事に相当)蘇啓誠を自死に追い込んだネット空間での書き込みをめぐるものである。台北地検は「卡神(カードの神様)」と異名をとる楊蕙如とその配下の男を「公務員及び官公署侮辱罪」で12月2日に告訴した。

 謝長廷はじめ蔡英文政権は、蘇を自死に追い込んだのは大陸発のフェイクニュースだと主張していたが、起訴された楊が配下のネット軍団、サイバー軍団を使ってフェイクニュースを発信していたと台北地検は認定し、2人を起訴したのである。楊は台北駐日経済文化代表処代表、謝長廷が08年、総統選挙に立候補した際のネット担当参謀で、その後も民進党から業務委託を得てネット軍団、サイバー軍団を組織。蘇を自死に追い込んだフェイクニュースをはじめ、さまざまな世論工作に関係したことが指摘されている。

 台湾では起訴から1カ月程度、長くても3カ月以内に初公判が開かれる。12月2日に起訴された本件は総統就任式の5月20日までには初公判を迎え、起訴状朗読でフェイクニュース事件の全貌が明らかになる。民進党の組織的関与が明るみに出れば、蔡政権は致命的な打撃を受けざるを得ない。

 すべては再選のために――。蔡と蔡を支える幕僚のさまざまな戦略と戦術は1月11日夜、見事に結実した。しかし、その勝利は歴史的得票数とは裏腹に「惨勝」と言ってもいいほどの債権を背負い込んでのものであった。笑顔も高揚感もない勝利宣言には、再選をすべてに優先させたことが生み出した内憂と外患が見え隠れしている。

(文=甘粕代三/ライター)

甘粕代三/ライター

甘粕代三/ライター

 1960年東京生まれ。早大在学中に中国政府給費留学生として2年間中国留学。卒業後、新聞、民放台北支局長などを経て現職。時事評論、競馬評論を日本だけでなく中国・台湾・香港などでも展開中。

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