新型コロナウイルスへの恐怖が、前代未聞の暴力事件を生んだ。
1月23日以降、封鎖が続いてきた中国湖北省武漢市について当局は、4月8日に封鎖の解除を発表。それにより徐々に企業活動が再開されるなど終息に向けた動きが広まっている。これに先だって、同じく封鎖が続いてきた湖北省各地で、3月25日から徐々に封鎖が解除され、周辺地域との往来が可能になっている。
ところが、封鎖の解除をめぐり争乱も発生している。隣接する地域では、湖北省から新型コロナウイルス感染者が流入してくるのではないかという潜在的な恐れが拭いきれず、それが争いの種となっているようだ。
3月27日には、長江を挟んで橋で結ばれている湖北省黄梅県と江西省九江市で争乱が発生。この様子が居合わせた人々によって撮影され、国内メディアで大きく報じられることになった。
現場となったのは、省の境界でもある九江長江大橋。封鎖が解除されたことで移動が可能になった黄梅県側の住民が自動車を運転して橋を渡ろうとしたところ、九江市側の警察が停車させ、通行を許可させなかったことが発端だ。
当初は住民と警察の押し問答であったが、事態はエスカレート。両岸の警察官が通す、通さないをめぐって争うことになり、一部の報道では九江市側の特警の制服を着た10人以上の警察官が橋を渡って湖北省側に入り、黄梅県の交通警察官を暴行する騒ぎになったとも伝えられている。現場に駆けつけた湖北省黄梅県党委員会の書記が、にらみ合う双方の警察官に解散を指示して事態は沈静化したという。
争乱の原因になったのは、封鎖解除に対する湖北省と江西省の認識にズレがあったことだ。黄梅県の住民にとって九江市の九江駅は、鉄道を利用する時の最寄り駅である。封鎖が解除されたことで、湖北省側では以前のように利用できると思われていたのだが、そうではなかった。
九江市防疫統括本部によれば、黄梅県の住民が駅を利用するために九江市に入るためには、電車の切符、省が発行する健康であることを証明するグリーンコード、目的地接収証明(目的を証明する書類)を提示する必要がある。さらに、九江市が準備する車両を利用して駅まで向かうことと定められていた。
どうやら、こうした手続きが必要なことが住民に伝わっておらず、住民と警察の争いが警察同士の衝突に発展したというのが真相のようだ。しかし、九江市防疫統括本部は、「手続きが周知されていなかったことはない」と否定し、行政側に不手際はなかったと主張している。
一方で、双方の行政機関では警察同士での「紛争」があったことは認めている。ただ、黄梅県側の警察官が殴られたかどうかについては「実際の状況とインターネットで流れている内容は異なっている」として明言を避けている。
事件の背景には、長らく封鎖が続いたことでストレスを抱え込んだ湖北省側と、封じ込め成功に対して疑義を感じている江西省側の対立があるようにも見える。日本国内でも、封じ込めのために都市の閉鎖が具体化してきているが、無用な争乱が起こらないことを祈る。
(文=昼間たかし/ルポライター、著作家)