一方、とにかく定員を充足させるために“来る者は拒まず”という大学は、小中学校で習う漢字の書き取りをさせたり、100マス計算をやらせたりといったレベルから実施しています。こういった大学では、建前上はリメディアル教育を任意としているケースが多いですが、実態はほぼ全員が受講している状態です」(同)
低レベル授業を求められる大学教員の本音
そうした状況のなかで、大学教員から「なぜ低レベルな授業のために自分が教壇に立たなければならないのか」という不満の声や嘆き節は聞かれないのだろうか。
「確かにリメディアル教育が始まったばかりの頃は、そういった声は多かったと思います。ただ、現在はそういった不満の声も一段落し、運命を受け入れているという印象です。生徒の授業料が自身の給料につながるわけですから、顧客対応をしているという認識なのではないでしょうか。もしそれが嫌ならば、教員本人が質の高い論文を一生懸命書き、グレードの高い大学に招いてもらえるようになればいいという話でもありますからね」(同)
もっとも、大学がこのような低レベルな内容の教育を強いられる原因は、中学や高校にあるともいえる。
「中学も高校も、生徒が授業で教えた内容を身につけていないにもかかわらず進級させてしまうため、大学の教員からすれば『今まで何をやってきたのか』という話になります。けれど、そんなレベルの低い学生でも入学させないと大学が潰れてしまうので文句は言えません。状況に適応しようと大学教員は必死なのです」(同)
とはいえ、適応へ向けた彼らの努力は少しずつ実を結んでいるのだという。大学側は単なる責任転嫁に終始することも、状況を見過ごすこともなかったようだ。
「大学では“勉強をしない学生”を迎え入れるうえで、“アクティブ・ラーニング”という方法が有効であるという認識がこの4~5年で広がってきています。アクティブ・ラーニングとは、たとえば英語ならただ教科書を読むだけではなく会話をしっかり練習する。また、教員ひとりの話を数十人の学生が聞くという形式ではなく、『みんなで商店街の活性化プロジェクトを考えて発表しよう』といった授業を実施するわけです。
学生を座学から解放し、体験型の授業に参加させるという方法であり、座学しか経験してこなかった学生にとっては新鮮。『大学に来たい』『授業を受けたい』といった気持ちにさせる工夫がなされているんです。