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「偉人たちの診察室」第1回・坂本龍馬

精神科医が分析する坂本龍馬=ADHD説…幼少時は夜尿症で愚鈍、いじめられっ子は本当か

文=岩波 明(精神科医)
精神科医が分析する坂本龍馬=ADHD説…幼少時は夜尿症で愚鈍、いじめられっ子は本当かの画像1
あまりにも知られた坂本龍馬の肖像写真。慶応2年ないし3年(1866年ないし1867年)に、上野彦馬が長崎に開業した上野撮影局にて撮影されたものとされる。(写真はWikipediaより)

 この連載では、過去の偉人たちを取り上げ、その健康状態や罹患していた持病について検討を行っていこうと思う。第1回は、幕末のヒーロー、31歳で早逝した坂本龍馬を取り上げてみよう。

 明治維新の立役者で、現在でも多くの人々に愛されている幕末のヒーロー、坂本龍馬は、実はADHD注意欠如多動性障害)であったという説がまことしやかに語られている。

 ご存じの方も多いと思うが、ADHDは発達障害の主要な疾患で、「不注意さ」と「多動、衝動性」を主な症状としている。ADHDの有病率は少なくとも人口の3~4%以上と見られ、まれなものではない(小児期で8%以上、成人で5%以上というデータもある)。

 坂本龍馬について、日本大学医学部微生物学教授の早川智氏は、著書の中で次のように述べている。

「剣術では複数の流派で免許皆伝を得るなど過集中の傾向があるのに対し、学塾は中退、恩師・海舟のとりなしと藩主・山内容堂の赦免にもかかわらず脱藩を繰り返すなど、組織の秩序には馴染めなかったようである。また遠慮がなく、人の話を聞かずよく居眠りしていたという同時代人の記録があることから、ADHDだった可能性はかなり高い」(『戦国武将を診る』 朝日新聞出版)。

 ADHDの診断には、小児期の症状の確認が必須である。残念ながら、この点について、時代的なこともあり、龍馬に関する資料は乏しい。

 龍馬は1835(天保6)年、現在の高知市において、土佐藩の郷士(下級武士)の家に生まれた。彼の実家は武士としての身分は低かったが、経済的には裕福だった。坂本家の先祖は明智光秀に連なるという言い伝えがあり、本能寺の変直後の山崎の戦いにおいて敗軍となった明智一族の子孫が、四国の長宗我部氏を頼ったのがその始まりだという。

 小児期の龍馬の様子については、12~13歳ごろまで寝小便癖があった気弱な少年で、漢学の楠山塾に入学したものの、いじめに遭い早々に退塾したというエピソードが伝えられている。

 上記の情報に根拠があるかどうか、『坂本龍馬関係文書』『坂本龍馬全集』などの古い文献を可能な範囲で調べてみたが、はっきりした証拠は存在していないようである。

 明治時代に執筆された龍馬の伝記小説『汗血千里駒』(坂崎紫瀾)には、次のような記述がある。

「龍馬の幼き時、心いと落ちつきて愚なるが如く、十二、三の頃まで夜溺の癖さへあり」

 その後の多くの伝記はこの記載を踏襲しているようであるが、千頭清臣は『坂本龍馬』において次のように記載している。千頭は土佐藩の出身で、維新後東京大学文学部を卒業、内務省の官僚、各県の知事、貴族院議員などを歴任した知識人である。

「能く坂本の幼年時代を知れる先輩の話に依れば、坂本は決して馬鹿者にあらず、子供相当分別ありし人なりきと云う」

 一方で16歳の龍馬は、土木工事の監督として、その仕事をしっかりとこなしたことが記録されている。

「龍馬は十六歳となるや、偶々島某が工事を督して幡多郡に出張するを聞き、父の命によりて随行せしが、其の工夫を使用するに妙を得たりければ、島某も窃に龍馬を末頼しき若者と思ひけり」(『維新土佐勤王史』)

 多くの読者を獲得した司馬遼太郎の小説、『竜馬がゆく』においては、次のように記載されている。

「竜馬は、十二になっても寝小便をするくせがなおらず、近所のこどもたちから『坂本の寝小便ったれ』とからかわれた」
「からかわれても竜馬は気が弱くて言いかえしもできず、すぐ泣いた」
「竜馬が入塾したのは、この楠山塾である。ところが、入塾するとほとんど毎日泣いて帰るし、文字を教えられても、竜馬のあたまでは容易におぼえられない様子なのである」(いずれも司馬遼太郎『竜馬がゆく』文春文庫より)

 龍馬の小児期について、司馬が別に資料を持っていたのかどうかは不明である。しかしながら、司馬の小説の影響力は絶大であり、小説の記述が事実として流布しているようだ。

 また、もし上記の点が事実であったとしても、必ずしもADHDに結びつくとはいえない点にも注意が必要である。夜尿症は一般の子どもでも見られることはあるし、いじめは被害者だけの問題ではない。さらに、ADHDの主要な症状である、「落ち着きのなさ」や「不注意」に直結するものではないからである。

 ただ『竜馬がゆく』のなかにある次の記述は、不注意さの表れと取れるかもしれない。

「……一つだけ幼いころの竜馬のくせが残っている所があった。よそにお招ばれに行っても、茶わんからめしつぶをぼろぼろとこぼすくせである」

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日本人が抱く「坂本龍馬像」に決定的な影響を与えた、司馬遼太郎の『竜馬がゆく』(文春文庫)

龍馬は「デタラメに放言する人」?

 剣術修行のために故郷の土佐から江戸に旅立った龍馬は、その後、31歳で暗殺者の凶刃に斃されるまで、疾風のごとく、幕末の日本を駆け巡った。

 彼は一時、土佐藩の尊皇攘夷運動に加わるが、やがて脱藩し、勝海舟の門弟となる。その後は薩長同盟の設立に尽力するとともに、海運、貿易の事業も組織した。

 龍馬は短い生涯の中で、幕府側、反幕府側の両方の人たちと多くの交流を持ったことが知られている。さらにフリーメーソンの工作員であったという異説まで唱えられている。

 龍馬に対する同時代の評価を、ウィキペディアからも拾ってみよう。

 土佐藩の重鎮であり、明治政府においても活躍した佐々木高行は、次のように述べているという。

「元来、坂本と言う男は時と場合とにより臨機応変、言わばデタラメに放言する人物なりき。例えば温和過ぎたる人に会する時には非常に激烈なる事を言い、これに反して粗暴なる壮士的人物には極めて穏和なる事を説くを常とせり。斯様の筆法なる故に、坂本には矛盾などという語は決してあてはまらぬなり。昨日と今日と吐きし言葉が全く相違するといっても少しも意とせず、所謂人によりて法を説くの義なりと知るべし」
「才谷は度量も大きいが、其の遣り口はすべて人の意表出て、そして先方の機鋒を挫いて了とうにする。実に策略は甘い(心地よい)ものであった」

 また、土佐藩士で、龍馬や中岡慎太郎の盟友であった田中光顕は、次のように述べている。

「見廻組・新選組のものにしきりにつけねらわれた。『君は危険だから、土州藩邸に入れ』伊東甲子太郎がこうすすめたこともあったが彼は聞き入れなかった。藩邸に入ると門限その他、万事窮屈の思いをせねばならない。自由奔放、闊達不覇の彼はそういうことを好まなかった。で、やはり名をかえ藩邸の附近に宿をとっていた。のみならず彼は平生『王政維新の大業さえ成就したなら、この一身もとよりおしむ所にあらず、もう無用の身だ』といっていた」

 次に示すのは、越前福井藩出身で、明治時代に政治家として活躍した関義臣の言葉である。

「龍馬は小事に齷齪せず、一切辺幅を飾らず、人との交際は頗る温厚、厭味と云うもの一点もなく、婦人も馴れ、童子と親しむ。相手の話を黙って聞き『否』とも『応』とも何とも言わず、散々人に饒舌らして置いて、後に『さて拙者の説は』と諄々と説き出し、縷々数百千言、時々滑稽を交え、自ら呵々として大笑する。誠に天真の愛嬌であった。国を出づる時に父母より訓戒の辞を書して与えられたのを丁寧に紙に包み、上に『守』の一字を書き加え、袋に入れて常に懐中にしたなどは豪宕にして、而も赤子の如く愛すべき所があった」

龍馬の妻、お龍の語ったエピソード

 このように、龍馬の評価として、共通しているのは、おおらかで人あたりがよく、対人関係に苦労がないばかりか、多くの人に慕われている点である。ただし、その言動は慎重さ、緻密さとは真逆で、大胆でなれなれしく、時に子どもっぽい面も見られている。さらに、危険を自ら好むような特性も見られている。

 妻のお龍は、龍馬について次のように述べている(『千里駒後日譚』)。

「龍馬はソレは/\妙な男でして丸で人さんとは一風違つて居たのです。少しでも間違つた事はどこまでも本を糺さねば承知せず、明白に誤りさへすれば直にゆるして呉れまして、此の後は斯く/\せねばならぬぞと丁寧に教へて呉れました。衣物なども余り奇麗にすると気嫌が悪るいので、自分も垢づいた物ばかり着て居りました」

 細かいことに頓着しない、大らかな龍馬の性質がよく表れている。おおまかであり、また危険を求めて衝動的というのは、確かにADHDの特徴に類似している。

 しかしながら、成人における典型的な症状である「不注意、集中力の障害」について、明らかなエピソードは確認されていない。したがって、可能性はあるかもしれないが、龍馬をADHDと診断するには至らないというのが、現時点での結論である。

(文=岩波 明)

岩波 明/精神科医

岩波 明/精神科医

1959年、神奈川県生まれ。精神科医。東京大学医学部卒。都立松沢病院などで精神科の   診療に当たり、現在、昭和大学医学部精神医学講座教授にして、昭和大学附属烏山病院の院長も兼務。近著に、『精神鑑定はなぜ間違えるのか?~再考 昭和・平成の凶悪犯罪~』(光文社新書)、『医者も親も気づかない 女子の発達障害』(青春新書インテリジェンス)、共著に『おとなの発達障害 診断・治療・支援の最前線』(光文社新書)などがあり、精神科医療における現場の実態や問題点を発信し続けている。

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