このように、多額の税金が投じられてきた事業が、一部の民間企業の手に渡ることについても、疑問の声が上がっている。大阪市の財政問題に詳しい自治体問題研究所(東京)の谷口積喜研究員は、「ここで市営地下鉄を民営化するというのは、『負担は税金で、果実は営利企業に』という話ですよ」と批判する。
橋下市長は、民営化の意味を「税金を使う組織から、納める会社へ」とも言うが、この理屈も怪しい。谷口氏は「公営でも、事業により剰余金が発生した場合は、自治体に納入するよう法律で定められています。地下鉄は市営を維持したまま、利益が上がれば市財政に戻していけばいいのです」
大阪の景気も大事だが、高齢の市民には、歩いて行ける距離に停留所があって、バスで買い物や病院に行けることも切実だ。
現在は、地下鉄の黒字でバスの一部の赤字を埋め、全体として公共交通網が維持されているが、民営化となれば、地下鉄とバスは別会社が運営することになるため、赤字路線が廃線となれば、このネットワークも壊れてしまう。
市民団体「交通権の確立・大阪市営交通を守り発展させる会」の成瀬明彦事務局次長は、「現状では、バスは地下鉄と連結決算でやりくりできているのに、わざわざバラバラにして、高齢化でますます重要になっている『市民の足』を奪おうとする。とんでもない話ですよ」と憤慨する。
3月から終電延長が実現することは、夜が遅いサラリーマンなどには確かに朗報だが、「公営であっても、利用者目線の改革はできる」ことの証左にも見える。前出・谷口氏も、「完全民営化すれば株主への配当も必要になり、その分、サービス向上や安全への投資が削られる恐れもある」と見る。
このように、民営化への期待と不安が交錯するなか、2月26日に開かれた大阪市議会の水道交通委員会では、岩崎賢太市議(共産党)が、民営化問題の急所を突いた。市バスの資産が全部売れたとしても、大阪市が市バス事業の資金を調達するために発行した公営企業債の償還や、退職金の積み立てに足りない穴が315億円に上ると指摘し、「どう処理するのか」と追及したのである。
市側は、「第三セクター等改革推進債の発行で資金を調達する」などと答えたが、推進債は地方債の一種なので、市民の税金から返さなければならない。簿価でも1兆円を下らない地下鉄資産を手にして一部企業が沸きに沸く反面、市民は生活が不便になるうえ、民営化のために新たな借金さえ背負わされる可能性があるのだ。
橋下市政をウォッチしている全国紙デスクが言う。
「橋下氏への関西財界の評価はもともと芳しくなかったが、原発問題で、一時冷え切りました。それが再稼働容認で関電(関西電力)と手を握り、地下鉄というアメ玉を放り込むことで、財界内に味方を形成するつもりなのです。背景には、維新の会の苦しい台所事情も見え隠れします」
一部の企業への利益誘導が、「民営化」というお題目をまとい推し進められる一方で、庶民は踏んだり蹴ったりという事態になりかねない。
(文=北 健一/ジャーナリスト)
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