新型コロナが生んだ教育問題として、2つの大きなテーマが話題になった。9月(秋)入学とオンライン授業である。
結果的には反対論が多く、9月入学は頓挫。一方、オンライン授業は学校現場でさまざまな試みがなされ、今後のトレンドになりそうだ。小学校では、登校拒否や今までの教室授業になじめない生徒がオンライン授業で学習内容に関心が高まり、積極性が生まれている、という事例が報告されている。
オンライン授業といっても、教員が授業動画や教材などを事前に用意しておき、それに生徒がアクセスして、オンライン上でコメントしたり課題を提出したりする非同期型というものがある。学校サイドにとって低コストで、生徒も時間を選べるという利点がある。
ところが、コロナ禍では双方向性のオンライン授業が話題になった。多くは、リアルタイムで行うライブ(同期型)授業だ。学生は自宅などで同じ時間に参加し、インターネットで実際の授業のように質問したり、自分の意見を発表できることが多い。時には、グループ討論も可能となる。開講日や日時は決まっているので、実際の教室で授業を受けているような感覚になると言われる。ただ、教員にとっては準備にかかる負担が多く、授業の進行上の慣れや経験が必要になる。学生にとっては通学時間などの負担がなくなるが、各家庭によって通信環境の違いがあり、その整備にお金がかかるという学生の悩みも聞く。
早大のeスクールが注目される理由
ネットによるオンライン授業は、先例がないわけではない。たとえば、ネットをフル活用した通信教育課程としては、早稲田大学人間科学部eスクールが今にわかに脚光を浴びている。
講義の受講をはじめ、クラスごとにBBS(電子掲示板)での質問・議論など双方向コミュニケーションができる。レポート提出や小テストまですべてネットで行われる。授業そのものはリアルタイムの双方向ではないので、前述の非同期型である。一定のスクーリングはもちろん対面式だが、外国語授業などではデジタルでのコミュニケーションなどもあるようなので、全体的には同期・非同期の混合型に近いといってよいだろう。
2003年のスタートから、累積1500名以上のOB・OGが誕生した。2019年の最終合格者は170名あまりだから、卒業率は10%以下と言われる他の通信制大学より高い。学費は高く在籍者の半分以上は30~50代の社会人なので、中退によるデメリットを認識しているのであろう。新型コロナでキャンパス閉鎖が続く中、大学関係者の関心も高まっている。
オンラインでのアクティブ・ラーニングは可能か
春から夏になっても今なお、多くの全国の大学で学生のキャンパス立ち入り禁止が続いている。コストパフォーマンスに敏感な学生たちの一部は、双方向の同期型オンライン授業であっても学生にとってはデメリットが多いので、授業料を減額すべきと主張している。ほとんどの大学は、必要な学生にはネット環境整備のための補助を出すが、授業料減額は教員の負担増を考えれば受け入れられない、というのが本音のようだ。
最近の大学教育は教室での一方的な講義でなく、学生の能動的参加を求めるアクティブ・ラーニングが大幅に取り入れられている。小学校からの発見学習、問題解決学習(PBL)、体験学習、調査学習に始まり、大学でも教室内でのグループ・ディスカッション、ディベート、グループ・ワークを行うことが多い。討論授業や反転授業、PBLなどは、どの大学のパンフレットやホームページでもよく登場するフレーズだ。
少人数の学生を対象に教員が積極的に関与して、それぞれの学生の知識や能力に応じた個別対応の教育指導が必要なケースが多いので、オンライン授業はなかなかなじまないのではないか、という声もある。
半面、授業と復習というスタイルを「反転」させる反転授業は、オンラインのデジタル教材によって学生がそれぞれ予習し、学校での対話型授業では発展的な関連演習や予習したテーマに関する意見交換をするスタイルが多いので、むしろ対話と非同期という混合型オンライン授業の可能性が広がるようだ。
一般に、アクティブ・ラーニングは教室で知識を伝達するだけでなく、学生の関心や発言を引き出し、それをもとに討論を発展させる教育指導が必要になる。それを、オンラインでどこまで実現できるかが課題である。
この春から、国立情報学研究所はオンライン授業に慣れていない大学教員の悩みにこたえるべく、毎週オンライン上でシンポを続けている。同研究所の喜連川優所長へのインタビュー記事が、朝日新聞の「いま聞く」という連載に載っていた。
多くの大学でオンライン授業が数カ月展開する中で、教員の努力によって定着しつつあるという。中でも、おもしろいのは「オンラインの方が、チャットなどをつかった学生の質問が増えるなど、想定外の効果が出ています」という発言だ。
私の過去の取材から考えて、このチャットによる問答をオンラインで展開することで、アクティブ・ラーニングとして活用できる可能性があると思う。
チャットを駆使した花園大の「つぶやき授業」
私が2年前に取材した花園大学のつぶやき授業は、学生がスマートフォンなどを使って感想を書き込み、それに対して教員が反応しながら授業を進めていく。教室には黒板の代わりにスクリーンが設置され、学生の書き込みがリアルタイムに表示されていく。リモートではないが、オンライン授業といってよい。
担当の師茂樹教授は、「それ以前にもツイッターによる授業を展開していました。ただ、ツイッターでは投稿が学外に漏れてしまうため、学生の心理的抵抗感が強かったり、ツイッター表現にあまり慣れていない学生などもいて、あまり盛り上がりませんでした」と言う。
そこで、書き込みが教室内でしか見られないようにし、加えて匿名性を保証することで、書き込みが増えていったという。学生にとっては本音をつぶやけるし、それが他の学生の知的刺激になり、つぶやきが積極的になる。
また、個々のつぶやきに通しナンバーをつけ、どのつぶやきに対するコメントかが瞬時にわかるようにした。学生は番号を書くことで、簡単につぶやきに対して賛同したり異論を唱えたりすることができる。まさにオンラインならではだ。
注目すべき工夫は、スクリーンが2つあることだ。ひとつは学生のつぶやきがそのまま映し出され、もうひとつには授業で配布された資料のポイントが示されている。授業では、必要となる知識や大切な視点などについての資料が配られ、学生は理解を深めていく。テーマによっては、やや専門的な資料が配布されるので、そのポイントを教員が解説することによって、学生は最低限の知識を得ることができる。
学生参加型オンライン授業の可能性
花園大学のホームページでは、この授業は「情報と社会」という科目のアクティブ・ラーニングとして紹介されている。扱うテーマは時事性が強く、「選挙を振り返る」というニュースから「監視社会をめぐる言説」まで幅広い。つぶやきが活発になるテーマとしては、「原発の再稼働に賛成か反対か」のように意見が分かれるものか、「バイト先で食材の上で踊った写真を投稿した問題」のように身近な話題が多いという。
最近では、アクティブ・ラーニングは小中学生の頃から取り組んでいる。しかし、生徒に自発的な関心がない場合、どうしても公表する意見は決まり文句になりがちだ。たとえば、「これからも関心を持って考え続けていきたいと思います」といったワンパターンの意見が多くなる。
しかし、師教授の考える大学の教養教育とは、あるテーマに関する多様な考え方を学び、知的想像力を高めることにある。つぶやき授業では、匿名なので自発的な発言が多く生まれ、決まり文句は意味がない。
たとえば、「情報と社会」の講義で取り上げた「公文書改ざんと抗議デモ」というテーマについては、いろいろなつぶやきがあった。「『みんなが何を考えているのかがわかり、とてもおもしろかった』『学生の民度が問われる』『公文書改ざんや日報隠しは管理体制のずさんさが問題では?』などのつぶやきが続きました」と師教授は指摘する。
つぶやき授業を参観した同じ大学教員の評価は高く、「学生がわからないところや感想をつぶやく仕組みとなっており、大教室でも学生が参加できる工夫がされている」という意見が多かったという。チャットを使ったオンライン授業は、大学教育における可能性を期待できそうだ。
(文=木村誠/教育ジャーナリスト)