スウェーデンの断種法は1934年に制定された。やはり福祉国家の確立を訴えた社民党政権下での出来事である。精神病患者、知的障害者に対する不妊手術が合法化された。41年の改正で本人の同意が明記されるが、実際には施設・刑務所からの退所や待遇改善の条件として不妊手術が提示されるなど実質強制のケースが多かった。
スウェーデンの不妊手術は戦後の1975年まで続く。この事実は97年に同国のジャーナリストが告発するまで、歴史に埋もれていた。最近、日本における強制不妊の関連報道であらためて知った人も多いだろう。
戦後日本における強制不妊も、左派政党が先導した点など、欧州の福祉国家ときわめて似ている。第2次世界大戦後の1947年、「不良な子孫」の出生を防ぐことなどを目的とする優生保護法案を提出したのは社会党員の衆議院議員3名だった。この法案は審議未了に終わるが、翌48年には別の優生保護法案が社会党を含む超党派の議員によって提出され、成立した。
注目しなければならないのは、福祉国家に向け歩き出した戦後日本の優生保護法は、ナチスドイツを手本にした戦時中の国民優生法よりも、優生政策が強化されたことだ。国民優生法では除外されていたハンセン病が中絶および不妊手術の対象となり、52年改正では「配偶者が精神病もしくは精神薄弱を有している者」などが不妊手術の対象として新たにつけ加えられた。新聞などマスコミも健康優良児表彰などを通じ、政府の優生政策を後押しした。
政府が福祉国家を看板に掲げても、予算が無尽蔵でない以上、大盤振る舞いには限度がある。経済力に乏しく福祉の対象となる「不良な子孫」を減らす方向に傾くのは、自明の理だ。優生政策を福祉国家とは正反対の「市場原理主義」に結びつけて論じる向きもあるが、的外れである。
前出『優生学と人間社会』共著者の一人で、ドイツや北欧の優生政策に詳しい市野川容孝・東大大学院教授は「新聞には、旧法(旧優生保護法)の人権侵害を今につながる問題として報じてほしい」(2018年10月16日付毎日新聞)と求める。
その第一歩は、メディアの世界で今なお神聖視される福祉国家こそ、強制不妊という恐るべき陰謀をたくらみ、実行した犯人だとはっきり認識することである。
(文=木村貴/経済ジャーナリスト)
<参考文献>
米本昌平・松原洋子・ぬで島次郎・市野川容孝『優生学と人間社会』講談社現代新書
森永佳江「福祉国家における優生政策の意義」久留米大学文学部紀要
窪田順生「朝日も読売も優生思想丸出し記事連発の過去、過ちを認めないマスコミ」ダイヤモンド・オンライン