OPECとロシアなどの大産油国で構成されるOPECプラスは2月2日、3月も現行の増産ペース(日量40万バレル)を維持することで合意した。一段の増産を呼びかけていた米国などの要請に応えなかったことから、米WTI原油先物価格は3日、7年4カ月ぶりに1バレル=90ドル台となった。
新型コロナウイルスの変異株(オミクロン株)の感染が世界規模で拡大しているが、原油需要への打撃は限定的だとの理解が定着している。OPECプラスは「今年の世界の原油需要の伸びが日量420万バレルになる」との予測を維持し、今年後半にパンデミック前の水準に回復すると見込んでいる。
一方、供給面では不確実性が高まっている。主要産油国の生産量が目標に達しない状況が続いているからだ。昨年12月のOPECプラス全体の原油生産量は目標に対し日量約90万バレル不足した。OPECプラスは協調減産を開始して以降、生産量が目標を上回った月はわずかだったこともわかってきており(2月3日付日本経済新聞)、「OPECプラスは増産目標を履行できない」との認識が広がっている。
ナイジェリアなどアフリカの産油国で投資不足により生産が停滞していることに加え、大産油国であるロシアも増産余力がなくなりつつあるようだ。原油価格が1バレル=90ドル台に乗せても、世界の原油需要が減退する兆しが見えてこない。「90ドルは始まりにすぎない」と言わんばかりの勢いだ。
「世界中の原油タンクの底が見えてきている」
原油市場では次の買い材料が浮上している。国際エネルギー機関(IEA)によれば、経済協力開発機構(OECD)加盟国の昨年11月の原油在庫は7年ぶりの低水準となり、翌12月にはさらに減少する見込みだ。「世界中の原油タンクの底が見えてきている」との印象が強まっており、これを補充しようとする動きが原油価格を1バレル=100ドルに上昇させる可能性があるとの見方が有力になりつつある(2月1日付ロイター)。
原油価格が直近で1バレル=100ドル台だったのは2014年だ。当時は高油価のおかげで米国のシェールオイルの生産が急増したことで、原油価格は鎮静化した。だが足元の米国の原油生産量は日量1150万バレルとコロナ禍前の水準に遠く及ばない。今年に入ってからの原油高で米国のガソリン価格は5週連続で上昇し、昨年10月以来の高水準となっている(1ガロン=3.3ドル台)。バイデン政権は1月下旬までに戦略石油備蓄から約4000万バレルの原油を放出したものの、原油高を抑制する効果をまったく発揮できていない。
OPECプラスは2020年5月に世界の供給量の1割に当たる日量約1000万バレルの減産を行い、その後生産を徐々に回復させることで原油価格をコントロールしてきた。だがOPEC内でも「原油価格は1バレル=100ドルを突破する可能性がある」とする声が強まっている(1月18日付ロイター)。増産余力を有するのはサウジアラビア、UAE、イラクなどに限られているからだ。
原油価格が再び暴走する危険性が高まっており、ゴールドマン・サックスは「世界の原油市場は政治的な介入を必要とする領域に入りつつある」と警告を発している(2月1日付ZeroHedge)。これに対し、バイデン政権は「必要ならOPECプラスと協議する」と繰り返し述べているが、いくら増産を要請したところで「ない袖」は振れない。
イランとイラクの不安定化
皮肉なことだが、米国が敵対するイランが原油価格を抑制するカードを握っていることが明らかになりつつある。主要産油国の増産余力が限られるなかで、米国の制裁で世界の市場から閉め出されているイランは日量100万バレル以上の原油の供給が可能だからだ。
足元の原油価格の上昇には地政学リスクも影響しているが、中東地域の地政学リスクを安定させる上でイランの役割がこれまでになく重要となっていることも見逃せない。イランはイスラム教シーア派の住民が多い「シーア派の三日月(イラク、シリア、レバノン、イエメンなど)」地帯で影響力を行使してきたが、米国の制裁による資金力の枯渇などが災いして、この地域での統制力が弱まり、政情の不安定化を招いている。
イエメンのシーア派反政府武装組織フーシ派(フーシ派)が1月中旬からアラブ首長国連邦(UAE)に攻撃を繰り返しているが、フーシ派の後ろ盾とされるイラン大統領府高官は「フーシ派による単独行動だ。イランは事前了承していない」と語った(2月2日付日本経済新聞)。米国の制裁に苦しむイランが昨年末からUAEとの緊張緩和を進めていることにフーシ派が「はしごを外される」と反発したからだとの見方がある。
イラクでは昨年10月の選挙後、イランの影響力低下でシーア派同士が激しく対立し、政権発足が難航している。親イラン民兵組織がバグダッド国際空港や国会議長の自宅にロケット攻撃を仕掛ける事案も起きており、イラクで内戦が勃発する危険性が高まっている。このように、イランの国力が低下すればするほど、増産余力を有する数少ない産油国(UAEとイラク)の安定がますます損なわれるという展開になっている。
昨年末から再開されているイラン核合意再建に向けた協議は早期の妥結は見込めないとされているが、米国民をインフレから守るためには「イランとの妥協」が最も有効な手段と言っても過言ではない。「中間層のための外交」を掲げるバイデン政権は正念場に立たされているのではないだろうか。
(文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー)