全柔連、再出発への懸念〜突出した部活死亡率、前会長が東京五輪招致ロビー活動か…
女子日本代表選手に対する指導陣の暴力問題、助成金の不正受給など、不祥事が相次いでいた全日本柔道連盟が8月21日、臨時理事会を開き、上村春樹会長など23人の理事が引責辞任。新会長には新日鐵住金会長兼最高経営責任者の宗岡正二氏が選出され、また業務をチェックする監事に暴力問題で女子選手から相談を受けていた元女子柔道選手で筑波大学大学院准教授の山口香氏が推薦されるなど、体制の一新を印象づけた。
宗岡氏は小学校から柔道に打ち込み、東京大学時代には柔道部の主将を務め、2011年には全日本実業柔道連盟会長に就任していた。19日付の読売新聞に掲載された一問一答では、全柔連を「統制するガバナンス(組織統治)がきちんとしていないことは、間違いないと思っている」と語っている。
また、記者の「改革項目は多いが、スピードも重要だ」という指摘に対しては、これを認めつつ「変えた先の姿がどうなっているかが大事。見掛けだけ良くしても、中身がなければ意味がない」と冷静に語り、組織が根本から変わることに期待が高まっている。
他方で、「対応が遅すぎる」という批判も尽きない。18日の信濃毎日新聞社説にまとめられているように、女子代表選手への暴力やパワーハラスメントが表面化したのは1月のことで、全柔連がこの問題を把握していたのはさらに前の昨年9月だったとされる。3月には助成金の不正受給問題が発覚したが、7月に内閣府から勧告が行われなければ、上村前会長は10月まで会長を続けるつもりで、執行部の誰一人として自ら身を引くことはなかった。「自浄力を欠いたままの辞任劇に、後味の悪さが残る」(同紙)という見方は根強い。
●身体的危険性への認識不足
また、前出の読売新聞インタビューで宗岡氏は「社会の信頼を一日も早く回復して、子どもたちが胸を張って『柔道をやっています』と言えるようにしたい」と語っているが、柔道教育に対する強い懸念の声も上がっている。
「女性セブン」(小学館/8月22・29日号)は、学校管理下で発生したすべての死亡事例約7000件(1983~2011年)において、柔道事故での死亡者数が118名と、他の部活における死亡率に比べ突出して高かったことを伝えている。『柔道事故』(河出書房新社)の著者で名古屋大学大学院教育発達科学研究科准教授の内田良氏は、次のようなコメントで全柔連の責任は重いと指摘している。
「柔道固有の投げ技等の動作によって頭部を損傷した場合、重大事故につながる可能性があります。また、脳震盪から回復しないうちに頭部に2回目の衝撃を受けると、軽度であっても致命傷となりうることが知られています。
ところが驚くべきことに、2010年4月まで全柔連の医科学委員会には、頭部外傷の専門家である脳神経外科医は一人もいませんでした。全柔連の認識がその程度なら、学校の柔道部の顧問や保健体育科の教師の認識も浅薄になって当然でしょう」
昨年4月から、中学校の保健体育で柔道を含む武道必修化が始まっている。メディアで大きく取り上げられた不祥事以外にも、全柔連が考えるべき問題はあるようだ。
柔道といえば、日本のお家芸。野球・ソフトボール、レスリングが五輪競技として生き残ることができるかどうかも話題になっているが、21日付産経ニュース記事では、「上村氏は2020年夏季五輪の東京招致のため、9月にブエノスアイレスで開かれる国際オリンピック委員会(IOC)総会のロビー活動の一員に加わる可能性がある」と報じた。
同記事によれば、これは複数の関係者が明かしたことで、上村前会長は国際柔道連盟(IJF)のマリアス・ビゼール会長との太いパイプがあるため、全柔連内には「国際関係は継続性が必要」との意見もあるという。一方で、「国際関係を盾に、影響力を残そうとする意図がみえる」との懸念もあり、「新体制発足後も火種は残っている」と締めくくられている。
新たなスタートを切った全柔連への期待と、拭えない懸念。これまでになく国民の関心が集まるなか、柔道界が品格を取り戻すまでの道のりは、決して平坦ではなさそうだ。
(文=blueprint)