東京・池袋駅に直結する西武池袋本店の改装に際し低層階にヨドバシカメラが入居することについて、豊島区の高野之夫区長が反対を表明する嘆願書を提出。会見では「低層部に入るのは反対だ、入ってもらいたくない」とも語ったが、自治体の長が法的な根拠もなしに一民間商業施設の出店計画に異議を唱えたことが波紋を呼んでいる。
豊島区は5日付で高野区長の名前で「西武池袋本店存続に関する嘆願書」を公開。そのなかで次のように綴り、西武池袋本店に注文を出している。
<「西武池袋本店」を運営する「そごう・西武」の売却先が、米投資ファンドの「フォートレス」・「ヨドバシ HD」連合に決まったとの報道を受け、大きな衝撃を受けています>
<今後の「ヨドバシカメラ」の参入は、池袋のさらなる家電量販店の激化につながり、「西武池袋本店」が展開する海外ブランドショップの撤退をもたらし、長年育ててきた顧客や富裕層も離れ、今まで築き上げてきた「文化」のまちの土壌が喪失してしまいます>
さらに21日放送の情報番組『スッキリ』(日本テレビ系)内でのインタビューでは、
「富裕層に相手にされない街になる」
「家電の街のイメージになる」
「文化の街の土壌が喪失する」
「怖い、暗い、汚い街のイメージに戻ってしまう」
と言い切るなど、ヨドバシ出店に強いアレルギー反応を示している。
「お世辞にもイメージが良いとはいえなかった南池袋公園をリニューアルして人気スポット化させるなど、高野区長が街の価値向上に積極的に取り組んできたことは確か。ゆえに区長としては池袋駅前の街並み整備に何かと思い入れが強いのかもしれないが、だからといって民間企業の出店計画に圧力をかける権限などない。今回の件は区長がやや暴走してしまったという印象で、区職員にしてみても迷惑な話だろう」(東京都職員)
ちなみに嘆願書の宛先は西武ホールディングス(HD)となっているが、現在、西武池袋本店を運営するのはセブン&アイグループ傘下のそごう・西武であり、そのそごう・西武は2023年2月に米投資ファンドのフォートレス・インベストメント・グループに譲渡されることが決定している。西武HDは西武池袋本店の土地の一部を所有しているにすぎず、西武HDに西武池袋の出店計画に関する権限はないとみられる。
「現在西武池袋の低層階に入居している海外高級ブランドショップが撤退してヨドバシが入ると街の文化が失われるなどと区長は言っているが、それらが的外れであることは論を待たない。嘆願書を出すべき相手を間違っているのみならず、外資系ファンドが西武池袋を取得したこと自体を非難しているようにも読め、呆れるしかない」(小売り業界関係者)
「家電量販店の激化」という誤解
西武池袋の近くにはビックカメラ、ヤマダデンキなど大型の家電量販店があり、高野区長は「池袋のさらなる家電量販店の激化」につながる懸念があるとも主張している。
「すでに競合店舗が複数立ち並ぶ場所にヨドバシが出店するのは、そこに出店することのメリットが大きいからにほかならない。同じエリア内に複数の家電量販店が密集すれば、家電の購入を検討している人は『とりあえずそこに行ってみよう』となり潜在顧客が集まるし、『ビッグに来たけど欲しいものがないから、ヤマダに行ってみよう』というふうに顧客の回遊が生じて、結果としてすべての店の売上増につながる効果が見込める。
また、集積しているといっても店舗と店舗の間には一定の距離があり、人々の普段の通勤・通学ルートは異なるので、微妙に客層が被らないという面もあるし、今の家電量販店にはこまごまとした日用品や生活雑貨、医薬品、食品などもそろっており、住民や日頃から池袋駅を使う人々にとっても利便性向上につながる」(同)
豊島区長による嘆願書をめぐっては、すでに各方面からさまざまな意見が出ている。たとえば、まちビジネス事業家の木下斉氏は20日付「PRESIDENT Online」記事で次のように指摘している。
<明確な法的権限もない区長が、公表前の民間投資の検討内容に対し、「嘆願書」や「記者会見」で民間企業に圧力をかけるのは極めて特異な事態です>
<現在の池袋は交通の便もよくなり、新たな住民が集まってきています。スーパーブランドよりも、ヨドバシカメラのような家電から医薬品まで幅広くそろえる大型店のほうが、コア店舗として市場適合するという判断は現実的であると思います>
古い物差しによる意見
流通ジャーナリストでマーケティングプランナーの西川立一氏はいう。
「1000平方メートル超の大型店を新設・変更するには、大店立地法(大規模小売店舗立地法)により地方自治体に届け出なければならない。設置者は、駐車場の確保、騒音の抑制、廃棄物の保管などの対応を図ることが求められ、地元に対して説明会を開催し、市町村、住民などが意見を提出、自主的対応策を提示し、適切でなく悪影響があると認められる場合は、都道府県が勧告する。しかし、目的は周辺の生活環境の保持のためで、百貨店としての存続や店舗の構成に関しては対象外で、豊島区長の要望はあくまで『お願い』にすぎない。
かつては、百貨店は街のステータスの象徴であり、1階にスーパーブランドを誘致することで百貨店自体の格も保たれた。だが、大都市の中心市街地の駅前には家電量販店やユニクロなどのファストファッションなどが進出。一方で、百貨店のビジネスモデルは時代に合わず、再構築を求められており、再開発で小田急百貨店新宿店の本館、東急百貨店本店(渋谷)が閉店するなど、街の顔としての役割も相対的に低下している。
行政が店舗の内容について口出しするのは極めて異例で、そもそも区長の要望は古い物差しによる意見で、いささか的外れであり、改装計画が明らかになっていない段階での表明は先制パンチを放ったつもりだろうが、効果は疑問だ。
出店者としては収益を最大にするため、消費者が求める店舗構成を行い、最適化を目指す。従って今回の要望は受け入れられず、協議する必要もないが、地元と協調関係を保つため、なんらかの接触は行われると思われる。
商業施設は生活に欠かせないインフラで、街に賑わいを生み出すために大きな役割も果たす。そのあり方に関して出店者は自覚しており、それぞれの機能を提供し、街全体の活性化にも貢献しようとしている。行政がコミットすることは法的には限られており、現在の商業環境を十分考慮し、次代に向けての新しい街づくりのビジョンを作成したうえで、建設的な提言を行うべきだろう」
また、山岸純法律事務所代表の山岸純弁護士はいう。
「第三セクターなどの行政が関係している施設であればまだしも、豊島区が何かを言える立場ではありません。このため、『嘆願書』という、法的な効力がない『単なるお願い』のかたちで提出したのでしょう。そもそも、リーシング(どのブランド、どの店舗を入居させるか)は、施設経営者が構築する集客力、イメージ力、人の流れなどの純粋な営業戦略であり、単なる趣味嗜好でなされるものではありません。今回の区長の嘆願は、たとえ区長という立場であっても、『人の趣味の押しつけ』と思われてしまいます。行政の行動として褒められたものではないと思います」