ビジネスジャーナル > 社会ニュース > 港区・区立中学が海外修学旅行の裏側
NEW

東京・港区、全区立中学が海外修学旅行の裏側…私立と公立、修学旅行の費用に3倍の差

文=Business Journal編集部、協力=おおたとしまさ/教育ジャーナリスト
【この記事のキーワード】, ,
武井雅昭・港区長
武井雅昭・港区長(港区公式サイトより)

 東京・港区の武井雅昭区長が9月1日、「来年度からすべての区立中学校で海外への修学旅行を実施する」と発表し、物議を醸している。2024年度はシンガポール3泊5日で、対象となるのは区立中学校3年生の全生徒約760人。事業規模は5億1200万円ほどで、一人当たりに換算すると約50万円の補助になるという。

 港区は全国でもトップクラスの税収があるため、このような施策が打てる。その一方で、港区では4割強が私立中学に進学するという。少子化の進行とともに私立小学校、中学校への受験熱が高まっているのは全国的な傾向だが、なぜ港区ではこれほど私立中学に進む割合が高いのだろうか。教育ジャーナリストのおおたとしまさ氏に話を聞いた。

――港区は私立中学への進学率が4割強と高いため、区立校への進学を促す施策として海外への修学旅行を導入するとの指摘がありますが、ほかの理由は考えられるでしょうか。

おおた氏 私立中学の施策を意識していないと言えば嘘になるでしょうが、それは単純に「いまどき」の「いい教育実践」を追求した結果ではないかと思います。3Dプリンターとか理科実験器具にお金をかける方法もあると思いますが、経験にお金をかけること自体は悪くはないと思います。

 居住地域によって子どもが受けられる教育の質に差ができることを指摘する声は以前からあります。今回はその最たる例として、批判もあるようです。

 一方で、これがダメだというのなら、公立中学校はいつまでたっても海外へ修学旅行に行くことができません。公立の学校では、どこかの学校でちょっと特別なことをやると、あの学校だけズルい、不公平だという声が上がることがあります。その声を気にしていると、どこも横並びを気にしてしまい、新しいことができません。

 これが公立の学校の弊害であることは、コロナ禍で各学校が横並びを気にしてフリーズしてしまったことを思い起こさせます。同時期に私立の学校では学校ごとに状況を判断し、早々にオンライン授業に切り替えるといった対応が可能でした。

 同じ公立でも都立の中高一貫校で、海外研修を教育カリキュラムに組み込んだ例がありました。そのとき校長先生が、『前例のないことでたいへんだったけれど、押し通しました』と言っていました。やってしまえばそれが「普通」になります。

 お金のある地域で今回のような施策を行うことで、教育効果が高まり、公立中学も人気になっていく実績ができるのであれば、他地域でもそれを見習う現象が起こるかもしれません。港区がそのファーストペンギンになるのであれば、悪いことではないと思います。短期のシンガポール旅行にどれだけの教育効果があるかはわかりませんが。

 ちなみに私立中高一貫校の場合、高校では海外への修学旅行は珍しくありませんが、中学では必ずしも修学旅行はなく、希望者を募って語学研修などの形で海外に行くことが多いような気がします。

 私が運営しているオンラインサロンでも、この件についてどう思うか、質問をしてみました。以下、会員さんの意見です。

<企業の本社が多くある自治体だからできることなのかもしれませんが、これがキッカケとなって、他の自治体でも「修学旅行に海外」の選択肢が出るきっかけになったら良いのかも……。せっかく行くのであれば、行った先でも「それなら行った甲斐があったね」と思える内容だと良いなぁ、とも感じました>

<私立進学率が高い区とのことですが、“どうにか区立の魅力を上げてほしい”という声が行政に届いているのではないでしょうか。経済的に余裕があっても中学受験に向いていない子もいますよね。それに応える一つの方策として海外修学旅行が企画されたのであれば素晴らしいことで、地域の実情に即して自由な学校運営がここまで出来るんだ、という良い事例にもなりますし、他地域でも議論を始めるきっかけにもなるのではないでしょうか>

<当の中学生たち(区の中学生だけでなく、その他の中学生含め)はどう感じるのでしょうか。修学旅行の体験が、大人の思惑というか期待していることと、当の中学生たちが感じることは、だいぶ異なりそうな気がしないでもない。

 本気で“修学旅行でこういうことを学んでほしい”と考えていたら、先生たちもめちゃくちゃ手間暇かけないといけなくなってしまうのではないか。ただでさえ忙しい教員の負担が増えるのではないか>

――港区は全国でもトップクラスの高収入地帯といわれています(平均世帯年収約1200万円)。やはり、世帯年収が高いほど私立進学率は高まるといえるのでしょうか。

おおた氏 東京都心部には私立中学校がひしめいているので、世帯年収が高ければ私立を目指すケースは多くなると思います。ただし、私立中学が人気になったのは1970年代以降の話です。それまではお金がある家庭も公立中学から公立高校に進学していました。東大合格ランキングの上位を公立高校が寡占していたからです。

 その潮目が変わったのは1967年の東京都による学校群制度導入です。これによって都立高校が凋落して、漁夫の利を得る形で私立中高一貫校人気になりました。

 単純に学費の高い学校に通うから学力がつくわけではなくて、学力の高い子は、いい大学にたくさん合格者を出している高校を選びます。それが時代によって都立だったり私立だったりするだけです。

――私立でも公立でも、高校まで(表向きは)実質無償化が進んでいますが、現状、私立と公立では、学費やその他費用、学習面でどの程度の開きがあるのでしょうか。

おおた氏 2019年度の子供の学習費調査結果は以下のとおりです(2021年度のデータだと、コロナのせいで修学旅行費がほとんど計上されていないため)。

※学習費調査結果PDF

 私立と公立では、修学旅行や遠足のお金が3倍以上違うことがわかります。

――港区をはじめとした東京都内と、地方の学校では学力にどれほどの差が生じているのでしょうか。また、経済的に潤っている地域と困窮している地域では、教育に差が出るものなのでしょうか。

おおた氏 いわゆる「学テ」で見る限り、それほど差があるようには見えません。通塾率が高いと「学テ」で上位かというとそういうわけでもありません。

 教育格差に挑む無料塾の運営者にも話を聞いてみました。

<港区の子の中にも、経済的な理由で海外には行けないという子はいると思うので、そういう子にも学校が体験の場を用意してくれるのはよいと思う。

 先日、杉並区の生徒が、区が費用を負担するオーストラリア短期留学に行ってきました。母子家庭の子で、自腹では難しかったと思います。留学にあたっては面接などの選考もあり、それをくぐり抜けなければなりませんが、学校でなくとも自治体がチャンスをくれるのはありがたいです。

『港区はずるい』と言う前に、修学旅行という形でなくても、杉並区の例を導入できるよう、各自治体で議員さんとかが頑張ってくれるとよいなと思います>

 中学受験人気が加熱するなか、中学受験を批判する声も大きくなっています。本来、公立中学がもっと魅力的であれば、中学受験もこれほどに加熱しないはずです。その意味で、私立中学に負けない教育実践を行う一環として今回の件を捉えれば、前向きな評価ができると思います。私立-公立格差の是正の意味があります。

 一方で、全員で海外に行くというのは、今や国際系をうたう私立中学の生徒集めの常套句になっています。形の上だけそれを真似したのであれば、結果的に生徒たちの得られるものは少なくなってしまうでしょう。この機会をどれだけ生徒達の視野を広げることに繋げられるか、教員たちの腕の見せどころとなるでしょう。海外研修に実績のある区内の私立中学はぜひ区に知見を共有したらいいと思います。

 また、居住地域によって子どもたちが得られる教育に格差が生まれることについては、確かに大きな社会問題だといえますが、その格差を是正するなら、頑張っていい教育機会を提供しようとしているところの「出た杭」を打つのではなく、全体の底上げをするのが筋だろうと思います。

 今回の港区の事例で、高い教育効果が得られるようなら(必ずしも数値化できるような効果ではないし直ぐに表れるものでもないことに注意が必要)、予算不足の自治体には国が助成することも検討すべきだと思います。戦闘機を爆買いする予算があるならできるはずですし、よほど国際社会に貢献することになると思います。

(文=Business Journal編集部、協力=おおたとしまさ/教育ジャーナリスト)

おおたとしまさ/教育ジャーナリスト

おおたとしまさ/教育ジャーナリスト

教育ジャーナリスト。著書は『勇者たちの中学受験』『ルポ名門校』『ルポ塾歴社会』『ルポ教育虐待』『不登校でも学べる』『中学受験「必笑法」』『ルポ父親たちの葛藤』など70冊以上。

Twitter:@@toshimasaota

東京・港区、全区立中学が海外修学旅行の裏側…私立と公立、修学旅行の費用に3倍の差のページです。ビジネスジャーナルは、社会、, , の最新ニュースをビジネスパーソン向けにいち早くお届けします。ビジネスの本音に迫るならビジネスジャーナルへ!