●サッカーと政治の関わり
東側諸国の有力クラブに秘密警察が関わってきたのには理由がある。
米ソ冷戦時代、東側の人間が、最も簡単に西側へ入国できるのが、サッカーの強豪クラブだったからだ。ヨーロッパチャンピオンズカップ(当時)に出場すれば、西側諸国のチームとホーム&アウェーで対戦する。チームを強化して勝てば勝つほど、KGBなどの工作員にとって何かと都合が良い。チームの強化は、秘密警察にとって最も重要な任務の1つだったわけだ。
ソ連崩壊後、ディナモ・キエフの政治力は衰えるどころかますます高まったらしく、クラブの国際部長はクーパーに次のように衝撃的なコメントを残している。
「ディナモは核ミサイル部品を輸出するライセンスを持っている。金(ゴールド)を年間2トンまで、それにプラチナなどの重金属も」(本書より)
ソ連崩壊に伴い、91年に独立したウクライナ政府にとって、ディナモ・キエフは西側諸国に通用する唯一の「有力ブランド」であり、それゆえにウクライナ政府は、多くのミッションを同クラブに委託してきたというのである。
90年代の混乱期、ウクライナは大量の武器を輸出してきた。中国人民解放軍初の空母「遼寧」は、ウクライナが中国に「カジノ船」として売却した旧ソ連海軍の空母ヴァリヤーグが母体となっている。その売買にディナモ・キエフが関わっていたとしても、実はなんの不思議もないのである。
ディナモ・キエフがヨーロッパ屈指のクラブになったのは、それがウクライナ政府の強い要望であり、国家を挙げて強化してきた結果でもある。昨今のウクライナ情勢において、この国策クラブが何かしらの役割を果たしてきた可能性すらあるのだ。
クーパーは、政治権力と密接に関わってきた「サッカーの暗部」を「フットボール・アゲインスト・ザ・エネミー」(サッカーの敵)と呼び、厳しく批判している。しかし、見方を変えれば、これこそがサッカー、「ディス・イズ・フットボール」ではないだろうか。大衆を熱狂させる力があるから、プロパガンダの格好のツールとして権力者たちはサッカーを保護してきた。それがサッカーを世界的なスポーツへと押し上げてきた側面も決して否定できまい。
サッカーは、もともと政治的な要素を持っている。スポーツに政治を持ち込むなという批判が空虚に聞こえるのは、すでにそれが持ち込まれているからなのだ。
(文=編集部)