今、こうした人たちの“心のケア”を行う「臨床宗教師」が注目されている。臨床宗教師誕生のきっかけは、2011年3月11日に発生した東日本大震災だった。被災者の抱えるさまざまな苦しみに対して、僧侶、牧師、神職などが宗教を超えて被災者の心のケアを行った。
翌12年4月、東北大学に「実践宗教学寄附講座」が開設された。同大の講座では、精神保健に関する基礎知識、スピリチュアルケアや実際の被災者の話を聞くなどの講義を受けた上で、医療などの現場で宗教的な心のケアを実習する養成研修が実施されている。仏教、神道、キリスト教、イスラム教など、宗教や宗派の枠を超えた関係者たちが集まり、これまでに57人が講座を修了した。
こうした動きが徐々にではあるが、広がりを見せ始めている。今年4月には、龍谷大学大学院実践真宗学研究科が臨床宗教師養成プログラムを開講し、鶴見大学では総持寺の修行僧を対象とした研修を行っている。また、高野山大学は大阪のサテライトキャンパスを利用して、宗教者に限定せずスピリチュアルケアの専門家を養成するコースを開設している。
臨床宗教師の役割は、被災者の心のケアに限定されるものではない。少子高齢化が急速に進むわが国では、現在、毎年100万人以上が死を迎える“多死社会”に突入している。大震災などの災害に限らず、親族や友人の死は常に身近にあり得る。
臨床宗教師は布教や伝道を目的とせず、死期が迫った患者や大切な親族、友人などと死別した人たちの悩みや苦しみに寄り添う。日常の中に訪れる死に対する心のケアこそ、臨床宗教師が必要とされている理由でもあるのだ。
実は、こうした宗教者は欧米では古くから身近な存在として定着している。「チャップレン」と呼ばれるスピリチュアルケアを行う宗教者は、警察署、消防署、刑務所、軍隊、学校など幅広い分野にいて活躍をしている。特に、多くの病院ではスタッフとして常駐している。
01年9月11日のアメリカ同時多発テロでは、消防署に配属されたチャップレンが消防隊員の心のケアを行うなど、多くの場面で活躍した。欧米ではキリスト教、ユダヤ教、仏教など宗教の枠を超えて、さまざまなチャップレンが存在する。
世界保健機関(WHO)は02年、「生命を脅かす疾患による問題に直面している患者とその家族に対して、疾患の痛みやその他の身体的問題、心理社会的問題、スピリチュアルな問題に関して、きちんとした評価を行い、それが障害にならないように予防したり、対処することでクオリティ・オブ・ライフ(生活の質)を改善するためのアプローチ」と緩和のケアを定義しており、その重要性を説いている。
日本における心のケアは、専門家の養成も、その活動も緒に就いたばかりだ。しかし、すでに多死社会に突入しており、臨床宗教師の必要性は今後急速に高まる可能性がある。
ただ、総じて宗教心の強い欧米社会に比べて、日本では若者を中心に宗教離れが顕著なことが気になるところだ。「宗教統計調査」(文化庁)によれば、12年末には宗教者は仏教系だけで33万人を超えているのに対して、信者数は約9350万人と04年と比べ800万人以上も減少している。
今や菩提寺と檀家といった関係は希薄になっており、その関わりは葬儀や法事の時に限られている。それ以上に、近年では法事や墓参りすら行わない傾向が強まっている。このような状況が進めば、宗教者にとっては死活問題ともなりかねない。臨床宗教師は宗教者にとって、新たな職業を提供するという側面も持っていると考えられる。
しかし、必ずしも宗教心が強いとはいえない日本で、臨床宗教師が根付いていくのかは、まだまだ未知数だ。
(文=鷲尾香一/ジャーナリスト)