しかし、約款関連のトラブルは後を絶たない。
「自動車事故によって発生した費用を保険会社に請求したが、『約款によると適用外です』と言われた」
「携帯電話を解約したら、違約金を請求された」
「インターネットで無料の商品を申し込んだら、その後は定期購入するという契約になっていた」
これらは、約款による取引で生じやすいトラブルの一例で、消費者が内容をよく理解していなかったために発生するケースが多い。特に、インターネットショッピングでは約款の文字が小さいことが多いため、内容を十分に理解しないまま「同意する」という箇所をクリックしてしまうこともある。あるいは、約款が別画面に掲示され、読まなくても同意できる場合も少なくない。
当然ながら、いずれのケースも約款の内容に合意したことになるため、契約が成立、あとは自己責任となってしまう。事業者側が細かく条件を定めていても、約款は長文で難解なことが多いため、全文を読んでいる消費者はほとんどいないのが実情だ。
約款関連のトラブルが起こる理由は、主に以下の3点だ。
1つ目は、消費者が約款で提示された画一的な条件に応じるか応じないかの二者択一しかなく、消費者の希望する条件に変更ができない点だ。2つ目は、消費者が約款の内容を十分に理解していなくても法的には契約が成立するので、消費者が後から「知らなかった」と言えない点である。3つ目は、約款は事前に提示された上での合意に限らず、黙示の合意でも足りるとされている点だ。例えば、公共の交通機関を利用する場合、私たちは運賃の収受などが定められた運送約款を黙示的に合意していることになる。
120年ぶりの民法改正で、約款に関する規定を新設
実は、約款の根拠は民法に規定されないまま、現代社会に広く浸透している。しかし、前述のとおりトラブルが頻発する事情から、民法に約款の定義およびその法的拘束力に関する規定を新設することになった。改正案は通常国会で提出される予定だが、日常生活上の契約ルールを定める民法の大改正は、明治29年の制定以来、約120年ぶりだという。
新規定には、不当な約款の無効化などが盛り込まれる。相手方の利益を一方的に害し、信義則に反するものは、その効力が否定されることが明確化されるため、事業者はより慎重に約款を作らなければならない。一方、消費者は約款に対する理解度が増すことで、トラブルの回避につながるという期待がある。
法律の有無にかかわらず、約款は事業者ではなく消費者の目から見てわかりやすいものでなければならない。約款は「読まれざるベストセラー」と揶揄されてきたが、いわば消費者と事業者をつなぐ“命綱”だ。今回の民法改正が、「読まれる約款」への第一歩となることを願うばかりだ。
(文=千葉優子/ライター)