11月8日は「いい歯の日」でした。テレビニュースのトピックスなどでも紹介され、特に歯周病ケアに重点が置かれる内容が多く見受けられました。
歯周病は日本人成人の8割以上が罹患しており、世界中の疾患のなかでもっとも罹患率が高いといわれています。しかし、テレビ番組で紹介される歯周病ケアの内容は、相も変わらず「磨け、磨け」のオンパレードで、磨けば完全に歯周病を予防できるかのようなものでした。
歯周病は磨くだけでは治らない
歯周病は歯の周りの歯茎や骨がダメになって最終的には歯が抜けてしまう病気です。歯周病は「歯肉炎」と「歯周炎」に分けられ、この2つを合わせて歯周病と呼んでいます。大まかに、歯肉炎は歯茎や骨まで進まないもの、歯周炎は歯茎や骨まで進むものといえます。言い換えれば、歯肉炎では歯は抜けないが、歯周炎は歯が抜けてしまうものです。
歯肉炎も歯周炎も、歯に付着した汚れである「プラーク」(歯垢)に含まれる細菌が出す毒素による炎症が原因で起こるとされています。では、なぜ歯肉炎は歯茎や骨などの歯周組織を破壊せず、歯周炎になると破壊するのでしょうか。また、歯肉炎と歯周炎との境目はどうなっているのでしょうか。
これらは、長年臨床に携わってきたなかで、いつも疑問に思っていました。教科書的には、歯肉炎が進行し歯周炎となると説明されています。しかし、実際には、その説明と食い違う事象が見受けられます。
いくらブラッシング指導をしてもきちんと歯磨きをせず、歯と歯茎の境にプラークが常に存在し、歯肉のふちがいつも赤くなっている小学生などは臨床上よく見かけます。むしろ、このような子が普通といえます。ところが、子供では歯肉炎が年単位で長期にわたって存在しても、歯周組織が破壊されるに至ったという症例は、私が知る限りありません。
では、本当に歯肉炎が進行して歯周炎へと変遷するのでしょうか。私にはそうとは思えません。歯肉炎と歯周炎には明確な違いがあり、そこには何かが潜んでいるはずです。
しかし現状では、歯肉炎と歯周炎との違いを「歯周組織が破壊され、再生しないものを歯周炎と呼ぶ」という以外に表せないのです。
歯周炎には細菌以外の原因があった!
そこに、以前本連載でも紹介しましたように、奥羽大学薬学部教授の大島光宏先生らの研究により、歯周炎の原因となり得る細胞があるという大きな糸口が示されました(総説(日本語)「歯周炎薬物治療のパラダイムシフト」大島光宏先生、山口洋子先生著)。
そして研究はさらに進み、英科学誌「サイエンティフィック・リポーツ」に、歯周炎を起こしている歯茎に存在する歯周炎関連線維芽細胞を特定し、骨をつくるために必要な一部の遺伝子を欠いている特徴を解明することに成功したと掲載されました。
つまり、この細胞の存在によって歯の周りの骨が再生せず、歯が抜けるに至ってしまうというのです。
また、この歯周炎関連線維芽細胞の検出法を確立し、国際特許を申請しました。これにより、歯周炎関連線維芽細胞が存在しているかどうかを検査することで、歯周炎を早い段階で発見できるようになる可能性が広がりました。この歯周炎関連線維芽細胞の遺伝子解析は、理化学研究所で「FANTOM5プロジェクト」と称する研究の一部として行われました。
このように歯周炎には歯周炎関連線維芽細胞が大きく関与しているだろうということは、機会のあるごとに周りの歯科医師たちには話をしていますが、歯科界では、ほとんどと言って良いほど広まっていません。非常に残念です。
最後に私が診させてもらっている患者さんの症例を紹介します。初診が2001年ですから、15年経過しています。左が01年撮影、右が16年撮影のものです。
15年の間に上の前歯の歯肉が明らかに退縮しています。つまり、歯周組織の破壊が起こっているのです。この患者さんは欠かさず定期健診を含め、年に4回以上の受診をされています。しかし、この15年の間に上の前歯が腫れたりして、いわゆる歯周処置を行った記録はカルテにはありません。また、現時点(右の写真)でも、治療を要する炎症像はありません。今まで臨床に携わってきて、いつも違和感のある現象でした。
しかし、歯周炎を細菌性の炎症のみが原因として捉えずに、歯周炎関連線維芽細胞のような歯周炎の原因細胞が存在すると考えると、このような現象にかなり違和感がなくなります。
歯周炎の総括には、まだはっきりとしないことも多くありますが、歯周炎を完全にコントロールできるようになることは、患者さんにとってこれ以上ない福音となるのは間違いありません。
(文=林晋哉/歯科医師)