7千例のコロナ感染者、屋外感染は「1件」との調査結果…なぜ日本メディアは報じないのか
「新型コロナウイルス(以下、コロナ)に関する報道は、何を信じていいかわからない。どうすればいいですか」
指導している大学生や若手医師から質問を受けることがある。日本のコロナ対策については、専門家でも意見が分かれることが多い。その典型がPCR論争だ。
このような学生に対して、「ザ・ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディスン」や「ランセット」などの医学誌、「ネイチャー」や「サイエンス」などの科学誌に加え、「海外のメディアに目を通すこと」と指導している。医学誌や科学誌は専門家向けに書かれている。学生や若手医師が読みこなすのは難しい。新聞や雑誌は違う。一般人向けに書かれており、彼らでも十分に理解できる。このような媒体に掲載されている記事を読めば、日本のメディアを読むだけでは知り得ない、いろんな情報に触れることができる。
幸い、「ウォール・ストリート・ジャーナル」「CNN」「ロイター」「ブルームバーグ」など多くの海外メディアが日本語版を出している。英語の壁はない。さらに多くが無料で読める。このような媒体を利用しない手はない。具体例を挙げて、ご説明しよう。
9月8日、「AFP」が「新型コロナ対策、『安全な対人距離』は状況次第 研究」という興味深い記事を掲載した。「AFP」はフランスに拠点を置く通信社だ。米「AP通信」、英「ロイター」と並び世界三大通信といわれている。
余談だが、「AFP」は、私は毎朝、iPadのアプリ「AFPBB News」でチェックすることにしている。「AFPBB News」の特徴のひとつは、中国関連の記事が多いことだ。9月12日22時の時点で掲載されていた29報の記事のうち、10報が中国関連だった。米国関連は6報、フランス関連は2報で、日本関連はない。世界のメディアが、いかに中国に関心を寄せているか、おわかりいただけるだろう。
記事の多くは「中国・国家博物館 文化財を模したアイスが人気」「上海市の小学生無形遺産の月餅作りを学ぶ」「代替肉のビヨンド・ミート、中国に製造拠点設置21年に稼働」などの社会・文化にウェイトを置いたものだ。中国政府と「AFP」の関係について、私は詳しく知らないが、中国社会の実情を知ることができて貴重だ。
一方、日本で報道される中国関連の記事は「習氏、コロナ対応自賛 式典で演説『責任転嫁』米をけん制」(読売新聞9月9日)のような政治記事が多い。日本の新聞を読んでいるだけだと、中国についての多面的な情報は入手できない。
話をコロナに戻そう。9月8日に掲載された記事は、英セント・トーマス病院の医師たちが、英「BMJ」誌(英医師会誌)で発表した論文を紹介したものだ。彼らは、屋内外、滞在時間、十分な換気の有無、会話のレベル(沈黙・話す・叫ぶ)、およびマスクの有無で、ソーシャル・ディスタンスの効果が、どの程度、影響されるか推定した。この研究によれば、換気が不十分な屋内では、マスクを着用しても、長時間話すことは危険だが、屋外で少人数で話す場合、よほど大声を出さない限り、マスクなしでも安全だ。
これは読者にとって貴重な情報だ。屋外を歩行する日本人の多くは無言だ。マスクを着用する必要はない。ところが、私の知る限り、この論文を紹介した全国紙はない。
東南大学の研究者の報告
実は、このことはすでに4月には指摘されていた。中国の東南大学の研究者が「medRxiv」に発表した論文によれば、必要最低限の記録がある7,324例のコロナ感染者のうち、屋外で感染したのは、武漢から帰った人と1月25日に屋外で話していた27歳の男性が2月1日に発症した1件のみだった。つまり、屋外ではまず感染しないのだ。
この研究を、私が知ったのは「BioToday」で紹介されていたからだ。「BioToday」は、高田製薬、日本イーライリリーに勤務経験がある清宮正人氏が主宰するメールマガジンだ。毎日、バイオ、製薬、臨床研究に関する最新の情報が送られてくる。極めて密度の高いメルマガで、有料購読者となれば、ホームページで過去記事も検索できる。貴重なデータベースだ。年間購読料は1万2,600円。医療や製薬関係者にはお奨めだ。
話を戻そう。東南大学の研究者の報告は、コロナ対策を考える上で貴重だ。ところが、この論文を全国紙は報じなかった。この論文が発表されてしばらくすると、ドイツのブンデスリーガが無観客でのリーグ再開を決めたが、日本では夏の高校野球が中止になった。
日本のメディアの責任
なぜ、こんなに違うのだろう。私は日本のメディアの責任が大きいと考える。科学論文ではなく、政府発表、有識者の見解をそのまま報じる。この点を知りたい方には、総合情報誌「選択」(選択出版/9月号)に『検証「コロナ報道」 誤報と偏向で国民を惑わす大罪』という興味深い記事が掲載されている。お読みいただきたい。
この記事によれば、「朝日・読売・毎日・産経・日経・東京新聞、NHKに登場した専門家について調べたところ、多い順に尾身茂・独立行政法人地域医療機能推進機構理事長551回、脇田隆字・国立感染症研究所所長263回、西浦博・京都大学大学院医学研究科教授199回、押谷仁・東北大学大学院医学系研究科教授190回、岡部信彦・川崎市健康安全研究所所長168回、舘田一博・東邦大学医学部教授114回と続いた」そうだ。
一方、「世界的に権威ある科学誌として『ネイチャー』と『サイエンス』、臨床医学誌としては『ザ・ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディスン』『ランセット』『JAMA(米国医師会雑誌)』が挙げられるが、前出の6つの新聞とNHKで、このような専門誌に掲載された論文が紹介されたのは、わずかに289報に過ぎない。尾身氏を取り上げた記事のおよそ半分」らしい。エビデンスを無視し、有識者の感覚に基づいて、日本のコロナ対策は推し進められたのだから、迷走するのも仕方ない。
私どもが主宰する「現場からの医療改革推進協議会シンポジウム」は、今年は11月7、8日に東京都港区の建築会館ホールで開催予定だ。先日、プログラムを公開した。セッション5でメディアのコロナ報道の問題を取り上げる。シンポジストは川口恭・ロハス・メディカル編集発行人、玉川徹・テレビ朝日報道局情報番組センターディレクター・コメンテーター・リポーター、加藤晴之・加藤企画編集事務所所長だ。元朝日新聞記者の川口氏は「ウラトリしないでいい政府の話を報じているうちに、集団催眠に陥る」と語っている。私は、これこそ日本のコロナ対策が迷走している真因だと考えている。
さて、シンポジウム当日、どのような議論が展開されるだろうか。今年は登録者限定だが、ZOOMでも配信予定だ。ぜひ、ご参加いただきたい。
メディアは社会の合わせ鏡だ。メディアのあり方を考えることで、現在の日本社会が理解できる。日本のメディアが何を報じて、何を報じていないか、海外メディアと比較して、自分の頭で考えていただきたい。
(文=上昌広/特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長)