米国ペンシルベニア大学健康アウトカム・政策研究センターのLinda Aiken氏は、若齢医師に比べ高齢医師が治療すると、「65歳以上の入院患者が30日以内に死亡するリスクがやや高まる」とする研究を『ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル』オンライン版に発表した(「HealthDay News」2017年5月16日)。
発表によると、Aiken氏は2011~14年の4年間にわたって、約1万9000人の医師(平均年齢41歳)の治療を受けた、65歳以上の入院患者、約73万7000人の30日以内の死亡率を分析した。
その結果、医師が「40~49歳なら11.1%」「50~59歳なら11.3%」「60歳以上なら12.1%」と医師の年齢が高まるほど有意に死亡率が高かった。一方、「40歳未満の医師の治療を受けた患者の30日以内の死亡率は10.8%」にとどまった。
ただし、医師の年齢は、患者の再入院リスクとの関連はなかった。また、年間200人以上の入院患者を診察する医師については、年齢による有意差はなかった。しかし、医師の年齢と30日以内の死亡率との関連は、「患者の人口統計学的特徴」「年齢と関連しない医師の特性」「病院組織の差」などの他の因子を考慮しても確かめられた。
つまり、年齢を重ねた経験豊富な医師の治療を受けるのは、必ずしもベストな選択にならないのだ。この衝撃的な研究の根拠はどこにあるのか。
旧態依然で時代遅れの技能や知識に依存する
研究の筆頭著者であるハーバード大学T.H.チャン公衆衛生大学院の津川友介氏によれば、これまでにも「医師が高齢であるほど臨床知識やガイドラインの遵守率が低下」する事実を示唆した研究はあった。だが今回の研究は、高齢医師と高齢患者の死亡率の関連性の1例を示したにすぎず、その因果関係は明らかではない。
高齢医師と若齢医師のリスク差が生じる要因について、津川氏はこう指摘する。
「経験豊富な医師が蓄積した技能や知識は医療の質の向上につながるものの、時代の変化とともに旧態依然で時代遅れの技能や知識に依存するリスクもある。この時流に合わない医療リテラシーの二律背反(ジレンマ)が患者の生死に多大な影響を及ぼす場合はある」
しかし、患者にとって最適・最善な医師の選択肢は、患者の病態や状況に応じて多岐多様に及び、かつ包括的であることから、今回の発表は、選択肢の1要因を提示したにすぎず、「若齢医師がベストであると判断した研究成果では決してない」ことは言い添えておこう。
看護が優秀と公認された「マグネット・ホスピタル」は患者の死亡率が低い
一方、今回の研究に注目するAiken氏は、病院によって医師の教育方針や資質レベルはまったく異なるが、看護が優秀と公認された「マグネット・ホスピタル」は、医師の資質レベルの差を差し引いても、患者の死亡率の低下や患者の満足度の向上など、患者の「良好なアウトカム」が認められると述べている。
マグネット・ホスピタルとは、看護師や看護職員が緊密に連携し合い、参加支援型の管理方式、有能な看護管理職の起用、柔軟な勤務スケジュールの遵守、キャリアアップの機会拡大、院内教育の徹底などのクオリティの高い看護サービスを実践し、「医師、看護師、患者を磁石のように引き寄せる」魅力的な病院のことだ。
このように、医療の質は病院の経営方針、医師や看護師の資質や経験、マグネット・ホスピタルの認定や評価などの複数要因の相乗効果によって高められることがわかるだろう。
「治療経験が豊富な大規模病院」ほど入院患者の生存率が高い
さて、「医療の質」を決定するのは「医師の確定診断」だけではなく、「病院の規模」「ガバナンス(意思決定)」「患者安全コンピテンシー」であると示唆する象徴的な研究がある。この研究では、病院の治療環境と急性心筋梗塞を発症した高齢患者の生存率との関連性を探求するために、米国のメディケア(老齢者医療保障制度)を受けた65歳以上の9万8898人の患者を分析した(『NEJM』1999年5月27日)。
研究によれば、「治療経験が豊富な大規模病院」に入院した急性心筋梗塞の患者は、心疾患の病歴、医師の侵襲的な治療手技や専門性の有無にかかわらず、「患者数が少ない小規模病院」の入院患者よりも生存率が有意に高かった。つまり、患者数が増加すればするほど、死亡リスクが連続的に低下する事実が確かめられたことになる。
また、病院が受けた認証プログラムの遵守率と入院患者27万6980人の入院後30日以内の死亡率の関連性を全国規模で分析したデンマークのフォローアップ研究も興味深い。
研究によると、2010年から2012年の公立病院に対する「デンマーク医療の質プログラム(第一バージョン)」の認証を受けた11病院の入院患者7万6518人は、部分的な認定プログラムしか受けなかった20病院の入院患者20万462人よりも、入院後30日以内の死亡率が有意に低かった (FALSTIE-JENSEN ANNE METTE, LARSSON HEIDI, HOLLNAGEL ERIK, NØRGAARD METTE, SVENDSEN MARIE LOUISE OVERGAARD, JOHNSEN SØREN PAASKE Int J Qual Health Care 27: 165–174)。
さらに、韓国ソウルにある3つの教育病院の成人病棟、集中治療室、手術室に勤務する看護師459人を対象に、「患者安全コンピテンシー(成果につながる望ましい行動特性)」と安全文化との関係を調べた研究にも注目しよう。
研究によれば、看護師に自己管理調査票を配布し、チームワーク、コミュニケーション、安全に対するリスクマネジメント、人的・環境的要因、有害事象の認識、安全文化などの患者安全コンピテンシー・スコアを分析した。
その結果、スコアの平均は5点満点中3.3点。396人(86.3%)は、自らのコンピテンシーを平均より上と評価した。スコアのうち、安全に対するリスクマネジメントのスコアが最も高く、チームワークのスコアが最も低かった。患者安全コンピテンシーのスコアは、修士以上の高学位と長い臨床経験を持つ高年齢の看護師や看護師長が高かった。
つまり、多くの看護師は患者安全への高い緊急性を認識している一方、チームワークに自信を欠く看護師が少なくないことから、看護師の安全コンピテンシーを強化するために、チームワークの強化が最優先の課題であることがわかった(What are hospital nurses’ strengths and weaknesses in patient safety competence? Findings from three Korean hospitals HWANG JEE-IN Int J Qual Health Care 27: 232–238)。
いかがだろうか。医療の質や患者の死亡率は、医師や看護師の資質や経験だけではなく、病院の規模やガバナンス、病院が受ける認証プログラムの遵守率、患者への安全コンピテンシーのほか、患者の安全文化の向上に欠かせないチームワークやコミュニケーションの強化、初期治療のクオリティ、鋭敏に対応するスタッフの永続性、バイタルサイン・モニタリングの高度化など、実に多面的・多角的な要因によって決まる事実が明らかになっている。
冒頭の衝撃的なトピックのように、医師の年齢だけが医療の質を担保するのではない事実を知ってほしい。
(文=ヘルスプレス編集部)