TOKIOの山口達也さんの強制わいせつ事件をはじめ、最近、アルコールにまつわるニュースがネットを騒がせています。アルコール依存症なのか否かとか、被害者または加害者それぞれを非難中傷する内容もあり、“アルコール=お酒”についての怖さ(リスク)に触れていない報道が多いことに不安を感じてしまうのは私だけでしょうか。
お酒は多くの場合、私たちの生活に豊かさと潤いを与えます。一方、不適切な飲酒はアルコール健康障害の原因となります。そしてさらに、アルコール健康障害は、本人の健康の問題であるのみならず、周囲の人を不幸にすることもあります。
今回は、1万人を超える働く人と面談をしてきた産業医として、すべての働く人たちに知っておいてほしい、最低限のアルコールに関する知識をお伝えさせていただきます。
まず、私の産業医としての経験からすると、以下に1つでも当てはまる人は、アルコール依存症になるリスクがあると思います。この記事をしっかり読み、今後のご自分の飲酒習慣について考えるきっかけにしていただければ幸いです。
働くあなたのアルコール依存度リスクをチェック
・2週間すら断酒できない
・1日の平均飲酒量が純アルコール換算で60g以上(男性の場合)
・飲みだすとコントロールがきかなくなる
・職場や家庭で困ったことがある、または、困ったと周囲に言われたことがある
もちろん、すべてのお酒=アルコールが有害ではありません。節度を持って飲むことはプラス面もあると昔からもいわれています。その節度ある適度な飲酒量とは、日本人においては、1日平均純アルコール換算で約20gといわれています。以下に、換算表を載せますので、ご自分の飲酒種類と併せて計算してみてください。
一方、生活習慣病のリスクが高まる飲酒量は、男性で40g以上、女性で20g以上といわれています。この量のお酒を飲んでいる人の割合は、男性で14.7%、女性で8.9%で、ここ数年は男性ではさほど増減していませんが、女性では増加傾向にあるといわれています。その割合は男性では50 代、女性では40 代が最も高いとのことです。
実際に日本では、毎日アルコールを飲む人はさほど多い割合ではありません。20 歳以上の者(入院者、熊本県を除く)について、週の飲酒の状況を性別にみると、男は「毎日」が 26.6%、女は「飲まない(飲めない)」が 47.4%と最も多くなっています。
年齢別にみてみると、女性はすべての年齢階級で「飲酒していない」の割合が多いですが、 男性は30 代から 70 代まで「飲酒している」(「毎日」から「月1~3日」を合わせた者)の割合が多く、「20~29歳」「80歳以上」は「飲酒していない」(「ほとんど飲まない」から「飲まない(飲めない)」を合わせた者)の割合が多い結果となっています。(平成 28 年 国民生活基礎調査の概況 – 厚生労働省 P23-24)
アルコールのマイナス面
アルコールのプラス面として、職場の堅苦しさから場を変えてリラックスできる、コミュニケーションを助けるということを多くの人は経験上知っています。
では、アルコールにはどのようなマイナス面があるのでしょうか。以下にあげる4つは、代表的なものですが、本人が気づかない(気づきにくい)うちにたび重なり、気づいたときにはもう遅かったというのが多くの場合の経過です。
1.致酔性:意識状態の変容をきたし、事件や(交通)事故、急性アルコール中毒の原因となりえます。
2.慢性影響による臓器障害:肝機能障害だけでなく、メタボリックシンドロームを助長したり、その先は脳卒中やがんのリスク要因ともなります。
3.依存性:長期にわたる多量飲酒により、精神的にも身体的にも健康障害がでるだけはなく、社会に対する適応力が低下したり、職場や家族等周囲にも悪影響が出ます。
4.違法行為:未成年者の飲酒は禁止されている(未成年者飲酒禁止法)ので、未成年の飲酒は、飲んだ人も飲ませた人も、法律を犯すことになります。
日本人のアルコール依存への認識は生ぬるい(?)
日本では「アルコール健康障害対策基本法」が平成 26 年6月に施行、平成 28 年5月に「アルコール健康障害対策推進基本計画」が策定されました。社会として、会社としても社員のアルコールによる健康障害対策について対処することが求められているといえます。
そのようななか、運送業等ではアルコール教育、アルコールパッチテスト、アルコールチェッカー等の導入が進んできていますが、アルコールに関するものはタバコと同じで、まだまだ個人の嗜好品との扱いであることが現状だと思います。
しかし、世界レベルでみるとアルコール依存症は、多くの日本人の認識より深刻なものなのです。実際に、国際疾患分類(ICD-10)において、アルコール依存症は、アヘン・大麻・コカイン等と同じ「精神作用物質使用による精神及び行動の障害」に分類されています。メンタルヘルス不調としてよく名前をきくうつ病気(「気分障害」に分類)や、適応障害(「神経症性障害,ストレス関連障害及び身体表現性障害」に分類)とは異なるのです。
アルコール依存症の治療は完全断酒のみ
アルコール依存症の唯一の治療法は断酒であり、節酒ではありません。状況により治療方法はさまざまで、離脱・断酒、酒害教育、抗酒剤などの薬物療法、心理社会的治療(カウンセリング)などがありますが、一番大切なのは、本人の意思といえるでしょう。
早期発見、早期治療から治療継続において、周囲のサポートも大切ですが、本人の決意と自助努力に大きく左右される点は、麻薬等の中毒症のそれと非常に似ています。
お酒=アルコールの問題を、ゴシップだけで終わるのではなく、深刻なリスクとして、ぜひ多くの働く人に知ってほしいと願ってやまない今日この頃です。
(文=武神健之/医師、一般社団法人日本ストレスチェック協会代表理事)