硬貨や紙幣を触ったりATMを操作する時に、ウィルスを拾ってしまうのではないか。コロナ禍でそんな懸念を持つ人々が増え、スマートフォンを使った支払い、スマホ決済はさらに注目されている。
「スマホ決済は、サバイバルの時代に入りました」
そう語るのは、消費生活評論家の岩田昭男氏である。
「昨年の6月に突然、楽天ペイとSuica(JR東日本)が今後コラボしますという記者会見が行われて、今年の5月に楽天ペイのアプリでSuicaが使えることになりました。事業提携の話を1年も前に発表するなんて、これまで聞いたことがありません。Suicaはどこでも欲しがっていたものなので、くさびを打つ目的があったのでしょう。
NTTドコモとSuicaが組むというのも十分あり得ました。ただ、もともとはどちらも三公社五現業。ドコモの元は電電公社で、JRの元は国鉄。民営化されてからもそれぞれ業界の雄だから、かえってやりづらいということはあったかもしれません。
楽天がなぜ手に入れられたかというと、楽天Edyがあった。Edyは2001年にソニーが開発した非接触ICチップFeliCaを搭載したカードなどとして登場しましたが、業績が悪くて誰も買い手がなかったのを、2009年に楽天が傘下に収めて、楽天Edyになりました。SuicaもFeliCaを使ったもので、EdyとSuicaは兄弟みたいな関係です。技術者同士の親交もあった。楽天とSuicaがくっつく素地はあったわけです」
Suicaは、PASMOなど他の交通系決済と相互利用ができるので、全国の約5000駅、バス約5万台、電子マネーとして約94万カ所で使える。
「みずほ銀行と提携したMIZUHO Suicaは、みずほ銀行の口座から直接Suicaにチャージできるというにすぎません。楽天は、楽天市場から出発して、旅行、金融、通信など70を超えるサービスを展開して楽天経済圏を築いています。ここに交通が加わったわけです。多くの人々は通勤通学で最低でも1日2回はSuicaを使うわけで、暮らしの導線にしっかりと組み込まれたことになります。楽天の利用者はネット好き、スマホ好きなので、その意味でもマッチしているといえます。
これで楽天はビッグデータを手にすることになったとも考えられます。Suicaの利用履歴が販売されていることが2013年にわかって批判を浴びて、そのあたりのことは慎重になっています。だから個人の利用履歴ということではなくて、年齢層や性別による傾向をまとめるということになると思いますけど、楽天経済圏のデータと組み合わさると、かなり強力なものになるでしょう」
ソフトバンク、巨大なスマホ決済層を手中に
ソフトバンクは、ビッグデータで新たな試みを行っている。
「ソフトバンクはみずほ銀行と組んで、J.Scoreというスコアリングの会社をつくりました。スコアリングといえば、中国のアリババがやっている芝麻信用が有名です。それは、アリババの決済サービスAlipayでの支払い履歴、学歴・職歴、資産保有状況によって、個人の信用度を350~950の数値で表すものです。これは就職や結婚にも影響します。アメリカでもクレジットスコアが行われており、信用度は数値化されています。信用力の高い人たちはプライム層、信用力の低い人たちはサブプライム層と呼ばれます。サブプライム層が住宅を持てるようにと登場したサブプライムローンが破綻したことで、リーマンショックが起きました。日本にも信用情報はありますが、ローンの返済状況など金融に関わることのみでした。
J.Scoreは個人の好みやライフスタイルなども加味するなど、もっと幅広いスコアリングをやろうとしているようです。スマホ決済ではソフトバンクはPayPayを設立して、昨年LINE Payを傘下に収めました。PayPayとLINE Payは利用者層が異なっていたので、巨大なスマホ決済層を手中にしたことになります。そして今後はグループの金融部門の多くをPayPayの名で塗りつぶすという決意までみせています。PayPayを前面に押し立てようとしているのです」。
スマホ決済のサバイバルは、通信サービスを提供するキャリアの動向にかかっていると見て取れる。
「ドコモはアマゾンやメルカリと一緒になって、いろいろやり始めました。auはPontaと一緒になった。どちらも楽天やソフトバンクの動きに触発されて、バスに乗り遅れるなと慌てている感じですね。ドコモの元は電電公社、auのKDDIは元を辿れば、国際電話に特化して電電公社から分離した会社が始まり。どちらも旧体制でお公家様気質で、おっとり構えていたんじゃないでしょうか、これまでは。
そこに新興勢力の楽天とソフトバンクが伸してきた。三木谷浩史や孫正義のように自分で決断してガンガン物事を進めていくような個性的なリーダーが、ドコモやauにはいないということも大きいでしょう。スマホ決済の生き残り戦争は、三木谷さんと孫さんの一騎打ちになって、すごいことになるんじゃないでしょうか」
利用者の利便性を競う、歓迎すべきサバイバルになることを願いたい。
(文=深笛義也/ライター)