いつ終わるともわからない脅威を見せている、新型コロナウイルスの感染拡大。その影響による経済への打撃はリーマンショック以上ともいわれており、こうした影響が不動産業界にも及んでいるとする指摘も多い。事実、賃貸契約のキャンセルや相談件数の減少はコロナ禍以前に比べてかなり顕著になっているようだ。
しかし、都心や駅近に多く立ち並ぶ高級タワーマンションは、こうした状況でも価格を下げることなく沈黙を貫いているという。そこにはどういった理由が隠されているというのだろう。今回は、不動産コンサルタントで『災害に強い住宅選び』(さくら事務所との共著、日本経済新聞出版)の著者、長嶋修氏に話を聞いた。
不動産業界は新型コロナの影響をほぼ受けていない?
まず、今回のコロナ危機が不動産業界全体に及ぼしている影響について長嶋氏は言う。
「実は、“タワマンや一般居住用のマンションはコロナの影響をほぼ受けていない”“長期的な目線でいえば大きな変化はない”と言っていいと思います。というのも、実際のところコロナ禍の影響をもろに受けているのはホテルやデパートといった、インバウンド消費の影響が如実に出る商業施設がほとんどだからです」(長嶋氏)
そこには、住宅市場が抱える潜在的な強さが関係しているという。
「確かに短期的な目線でいえば、3月時点での賃貸・持ち家の売買数は半減しています。これを指して“投げ売りが起こるぞ!”なんて騒ぐ向きもあったようですが、これはコロナ禍による事態の様子見でそうなっていただけです。人はどうしたって家に住まざるを得ないので、不動産業界でも居住用住宅の賃貸は変動が起きづらいものなんです」(同)
市場の需要と供給…タワマンの価格が下がらない理由
では、タワマン市場も同様に大きな変動はないのだろうか。昨年の豪雨災害でのタワマン設備の不備などもあり、人気に陰りが出ているとする声もあるが……。
「正直なところ、そういった記事が出たり、そういった論調の声があがったりするのは、“タワマンを叩くと注目が集まるから”なのではないかなと感じています。例えば、豪雨被害で電気室が浸水してしまった武蔵小杉のタワマンがよく取り沙汰されますが、普通のマンションでも電気の配電盤などが1階にあるケースは多いですし、タワマンだけが問題というのは間違いなわけです。人気が陰ったのも、いわゆるこうした風評被害で多少取引が鈍っただけで、致命的な変動は起きていません。
オフィス需要でいえば、コロナ禍の影響で東京・渋谷区のオフィスビルで一部空室が出たという話はありましたが、それも業界の好不調を占う解約率5%という数字には全然届いていない。渋谷は基本的にパソコンがあれば済んでしまう身軽なIT系の企業が多いですから、すぐにコロナの危機を察知する反応が取れたのでしょう。ですが、他の地域ではこうした動きはほぼ見られません。これは、ほとんどのオフィスが3年から5年といった長期契約だからです。そうして毎月の賃料を相場よりも下げてもらう契約形態も人気ですし、万が一解約すると違約金も発生してしまいますしね。
もうひとつ、ビジネスシーンにおいてコロナによる変動が起きづらい要因として、リモートワークに本格移行するか、オフィスへの出勤に戻していくか、という大きな決断をいまだに多くの企業が計りかねているのも大きいですね。緊急事態宣言が5月に解除になった日本は、世界的に見ても大きな変動が起きる前に難を逃れた印象です。逆にアメリカの都市部はコロナの被害が甚大だったこともあり、オフィス契約の解除に至った企業が多くあったそうです」(同)
タワマン界隈のコロナの影響でいうと、東京オリンピック2020での選手村にも利用する予定だった、東京都中央区晴海の「晴海フラッグ」はどうなのだろうか。
「『晴海フラッグ』は例外的にかなりのダメージを受けていますね。住宅数が軽く4000戸を超えるという、戦後の高度経済成長期の大規模公団以来なかなかなかったレベルの広大な居住施設プロジェクトでした。しかしそれがコロナ禍の影響でオリンピック自体が開催の危機となり、正直進展が見えない状態になったことで、モデルルームの公開や販売活動をストップしてしまっています。
いつまでこれが続くのかわからない状況で延々と販売期間を伸ばせば、維持費や修繕費の観点でも、当然値下げに踏み切る可能性はあります。そしてそうなれば、他の新築マンションも買い手を取られまいと値下げ競争に踏み切るでしょう。ですが、そういった状況になったとしても、“タワマンの価格下落”論を強調するには弱いというのが正直な印象です。というのも、『晴海フラッグ』でタワマンと呼べるのは2棟だけ。そして、そもそも買い手をすぐつけるために、最初から他のタワマンより値段が安いんです。ですから実は現時点でも900戸ほどの契約があるようです」(同)
コロナ禍でダメージを受けたタワマン筆頭との声も多い「晴海フラッグ」も、蓋を開けてみれば業界激変のイメージとは程遠かった、ということか。
株価が安定していれば不動産業界の価格は下がらない
最後に、コロナ禍を経た不動産業界の今後について聞いた。
「不動産業界の景気は株価に連動しているんです。新築のマンションやタワマンを購入する層の収入は株の影響が大きいですからね。コロナ禍前の日経平均は2万4000円くらいでしたが、感染拡大後は一時的に1万6000円くらいにまで下がってしまっていました。これはパンデミックで金融がどうなるか不安になり、投資家たちが株を手放したからでしょう。もし、その傾向が長引き、株価がずっと低迷していれば、不動産業界、とりわけタワマンを含む都心部のマンション価格は大きく下落していたはずです。
しかし日経平均はすぐに戻って、現在は2万3000円前後で安定してきています。これは、日米欧が協力して大規模金融緩和、日米に至っては無制限金融緩和を実施したからでしょう。これによりコロナ禍でも両国間の金融は安定しているということが確認できたため、投資家たちは株をまた買いだしたわけです。
コロナ禍で取引の数は下がっても、株価が安定していれば不動産業界の価格は下がらない。簡単にいうとこういうことなんです。
そして取引数も、現在はコロナショックの全体像が見えてきたこともあり安定してきています。業界全体をもう少し大局的に見ると、日本の出生率はどんどん落ちていますので、家の買い手も減り、緩やかな下落傾向にはなっていくでしょう。ですが、業界でいう上位15%の高所得層、つまり新築のマンションやタワーマンションを購入する層は、こうした下落とはほぼ無縁のように思います。
あえてタワマン界隈の値崩れの可能性があるとするなら、築年数による補修や維持の問題で、古いタワマンで一斉に価格を下げる現象が今後起きるかもしれません。タワマンは高層ビルのため、通常のマンションよりはるか修理に手間がかかりますからね」(同)
コロナ禍による不動産業界への打撃は、注視してみれば軽微なものだった。いずれにしても羨望と嫉妬の視線を集めるタワマン市場に、今後も注目していきたい。
(文=A4studio)